昨夜モスクワで日露首脳会談が行われ、さきほど安倍首相とプーチン大統領による共同発表が行われました。どのような印象を持ちましたか?
正直なところ、新味を感じさせるものは何もありませんでした。2時間半の会談でしたから、領土問題についても突っ込んだ議論があったのかもしれませんが、両首脳からはそれに関する発言はありませんでした。二国間の経済協力を推し進め、平和条約締結に向けて努力を傾注する決意が表明されたのみです。しかも記者からの質問は一切受け付けず、二人は言うべきことを言って、さっさと会場をあとにしました。拍子抜けというのがわたしの率直な感想です。
成果はなかったということでしょうか。
そこは分かりません。なにかしら合意ができても、公表するのは時期尚早だとの判断が下されれば、今回のような発表をするしかないわけですから。
しかし日本のマスコミによれば、今回安倍首相は、かなり柔軟な案を携えてプーチンとの交渉に臨んだようなのですが、、、
はい。1月21日付『京都新聞』の第一面でも、安倍首相は「北方領土のうち色丹島と歯舞群島の引き渡しをロシアとの間で確約できれば、日ロ平和条約を締結する方向で検討」していると報じられました。
それは日本側の政策の大転換ですね。今まではずっと北方4島は日本固有の領土であり、ロシアに不法占拠されているとの立場でしたから(現在も外務省のホームぺ―ジにはそう書かれています)。もう択捉・国後の2島はあきらめるということですか?
政府はそう明言していませんが、論理的に考えればそのようになります。
これはロシアへの大幅な譲歩ではありませんか。安倍首相はなぜこの譲歩を決断したのでしょうか?
第一は、ロシアの立場が強固で、4島を交渉の俎上に乗せるのは非現実的だと見極めたためでしょう。第二は安倍首相の事情です。安倍首相の任期は最大限でも2021年9月末まで。それまでに歴史に残る外交上の成果を残したい。それがロシアとの平和条約締結だと見なしているふしがあります。プーチン大統領も昨年9月にウラジオストクで、すぐにでも平和条約を結ぼうと提案したことですし。
ほかに成果を示せるトピックスはないのですか?
難しいでしょうね。安全保障上、最大の脅威に位置付けている中国との関係はきびしいものがありますし、アメリカとは貿易赤字や辺野古移設など容易ならざる問題があります。韓国との関係も最悪。北朝鮮に対して日本は何も影響力を発揮できない。となれば、ロシアとの関係進展によって外交の突破口を開き、ひいては平和条約締結という成果を歴史に記したい。首相にはそんな思惑があるように感じます。
その通りだとすれば、安倍首相にとって非常に危うい政策ですね。
そうです。その策は「前門の虎、後門の狼」という故事を想起させます。つまり2島決着案ですらロシアが突っぱねた場合、日本としてはもはや打つ手なしとなります。また、2島決着が実現したとしても、安倍首相は国内の与野党から猛反発を受けるでしょう。4島返還論は自民党だけでなく野党の立場でもありますから(ちなみに日本共産党は4島だけでなく全千島列島の返還を唱えています)、2島で妥協すれば、野党の総攻撃はまぬがれません。今まで4島は日本固有の領土だと教育されてきた国民の多くも納得しないでしょう。
とすれば、今回の共同発表は無難な線だったのですね。
そうだと思います。領土問題は日露双方がそれぞれに妥協しなくてはなりません。プーチン大統領もかねがね柔道で言うところの「引き分け」しか方法がないと述べています。ことによると両首脳間は、すでに「引き分け」の落としどころを見定めているのかもしれません。しかし、それが自らの政権基盤の弱体化につながることは避けなくてはなりません。国民世論を説得することが重要なのです。両国政府は、さまざまな観測気球を上げながら国民の反応を確かめ、しかるべき方向へと世論形成を図ろうとしているのだと思います。それがつまるところ1956年の日ソ共同宣言に記された内容となるにせよ、日露ともに国民を納得させるのは容易でないということでしょう。
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