かわらじ先生の国際講座~トランプ政権の自家撞着――孤立主義と帝国主義

画像なし米国政府は昨年12月4日、「国家安全保障戦略」(NSS)を公表し、西半球を自国の権益圏とする新たな「モンロー主義」(トランプ大統領自身はこれを自らの名前「ドナルド」にちなんで「ドンロー主義」と呼んでいます)を打ち出しましたが、今年1月23日、NSSの軍事戦略版である「国家防衛戦略」(NDS)を発表しました。
NDSの主要なポイントは、(1)西半球における米国の権益を守る。そしてグリーンランドなどの要衝への米軍のアクセスを確保する。(2)中国を抑止するため「第1列島線」に強固な防衛体制を構築する。ただし中国の支配を目的とはしない。(3)米国の同盟国に対し、防衛支出をGDP比5%に引き上げるよう求める。(4)米国の支援がより限定的であっても、韓国は北朝鮮抑止の責任を担えるようにする、といったことになるようです(『京都新聞』1月25日)。米国が同盟国に対しても自らの責任を低減させ、ますます自国第一主義に傾斜していると感じるのですがいかがでしょう?

そういうことでしょう。しかしこのような方向性を強めることによって、同盟国との関係をぎくしゃくさせてしまいました。民主主義陣営の結束をスローガンとして、同盟国との連携を重視してきたバイデン前政権とは正反対です。
グリーンランドの併合問題をめぐっては、トランプ大統領は武力行使というオプションを持ち出したり、抵抗する欧州諸国に報復関税という脅しをかけたりしました。トランプ氏は1月21日のダボス会議で、これらの強硬措置をいったん引っ込めましたが、もはや欧州と米国の亀裂は修復不可能なところにきているとの見方もあります。
トランプ大統領はグリーンランドを米国が領有すべき理由について、ロシアや中国の軍事的脅威から米国を守るためだと説明していますが、グリーンランドの住民はそれを信じていません。実際、グリーンランドで漁業を営んでいる人もロシアや中国の船舶など見かけたことはないし、「中露は脅してこない。今では我々にとって米国の方が脅威だ」と述べています。安全保障問題は口実で、米国はグリーンランドに豊富に眠っている鉱物資源を独占したいだけだというのが地元民の意見のようです(『讀賣新聞』1月25日)。

画像なしそういえば今年1月3日のベネズエラへの軍事侵攻にしても、米国へ大量に流れ込んでいる麻薬を断ち切るためだとしながら、トランプ大統領は記者会見で、世界最大の埋蔵量ともいわれるベネズエラの石油の利権を手に入れることが主目的であることを隠そうとしませんでした。結局、トランプ政権は米国の経済的利益を最優先して一国主義の道を歩もうとしていると解していいのでしょうか?

トランプ氏自身はそのように考えているのでしょう。しかし国際政治を研究している者の目からすると、その路線は矛盾といいますか、自己撞着しているように思われるのです。

画像なしそれはどんな点でしょうか?

第二次トランプ政権になって、「モンロー主義」という19世紀的な用語が復活しましたが、本来モンロー主義とは、米国の利益にならないことには干渉しないという「非干渉主義」ないしは「孤立主義」のことです。欧州を始めとする他国のいざこざから距離を置き、自国の利益にならないことには一切かかわらないという発想です。ところがトランプ大統領は「アメリカファースト」と言いながら、様々な国際問題に関与し、その「成果」を誇示してノーベル平和賞を欲している始末です。本当に自国だけのことに専念するつもりなら、国際的な平和賞にも背を向けるべきです。現にトランプ氏は、いろいろな問題に関与するのみならず、新たな厄介事を引き起こしています。それには欧州のNATO諸国との摩擦や、グリーンランド問題、カナダとの軋轢など、もともと友好的な国々との対立も含まれます。
トランプ大統領は自らの政治路線を「ドンロー主義」と呼んでいますが、それはモンロー主義の名を借りた帝国主義にほかなりません。

画像なしですが、帝国主義もまた自国の権益拡大のための国家経営ですから、自国ファースト主義とは矛盾しないのではないですか?

たしかに帝国主義とは、露骨な力の行使によって自国の権益拡大を目指す国家行動のことです。しかし、ここで歴史を想起してほしいのです。古代のローマ帝国を始めとして、世界史のなかで少なからぬ帝国が勃興しては滅んでゆきました。近現代における欧米列強も、オスマントルコも、ロシア帝国も、そして明治維新後の大日本帝国も、一時の栄華を誇りながら衰亡していったのです。衰亡の理由は明らかです。支配下に置いた属国や植民地の人々を養うための負担に耐え切れず、自ら崩壊していったのです。
属国や植民地が帝国(宗主国)に従うのは、軍事力を怖れるからだけではありません。結局、人間は暴力だけでは支配できません。宗主国が自分たちに経済的な実利や、生活向上や、豊かな文化など、種々多様な恩恵を与えてくれるからこそ、被支配者たちは、その支配に従うのです。帝国だけが一方的に収奪するのが帝国主義ではないのです。

画像なしトランプ政権にも同じことがいえるということですか?

そうです。ベネズエラの件にしても、その石油利権を欲するならば、ベネズエラの政治を安定させていかなくてはなりません。否応なく米国はその責務をこれから負わなくてはならないでしょう。グリーンランドを領有したいなら、その住民たちの民生にも米国は力を傾けなくてはなりませんし、もしカナダを51番目の州にしたいのなら、カナダの政治運営も米国が負担することになります。ウクライナやガザ、そしてイランにおける権益を求めるなら、その政治安定のために米国は力を割かなくてはならなくなるでしょう。でなければ、それらの地域の住民の敵意を招くことになります。帝国主義的な利益を得るためには、その代価を払わねばなりません。

画像なしたしかトランプ政権は、66の国際機関からの離脱も表明しましたね。こうした方針はどう見たらいいのでしょう?

これらの国際機関は負担金に見合うメリットがないとの判断なのでしょう。しかしここにもトランプ政権にとって大きな落とし穴があると思います。そもそもどうして国際協力が必要かという根本的な問題に立ち返ってみましょう。一国で多様な問題を解決するためにはとてつもない負担がかかります。だから責任を分担し、一国の負担を軽減しようというのが国際協力の本義です。一国の防衛にしても然りです。周りの国がみな信用できないとなれば、ハリネズミのように絶えず周囲を警戒し、威嚇し、防衛力もどんどん強めていかなくてはなりません。その予算は途方もないものになります。しかし、国際協力が進展し、周囲がもはや敵でなくなれば、そうした不経済な軍事予算を大幅に削減できます。
国際協力とか国際協調とかといえばリベラリズムだと軽んじられ、そんな理想主義を掲げていると敵対国の餌食になるぞと威圧する風潮が蔓延しつつあります。こうした風潮を助長しているのがトランプ大統領ですが、それは自国をますます疲弊させ、自壊に向かわせるだけです。一国主義と多国協調主義のいずれが真のリアリズムなのか今一度冷静に考えることが肝心です。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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