
11月28日、ウクライナのイェルマーク大統領府長官が辞任したと報じられました。同氏はゼレンスキー大統領の最側近で、政権ナンバー2の人物です。ロシアによるウクライナ侵攻後は、安保政策の策定を統括し、政権中枢の人事も掌握して、治安当局や軍にも大きな影響力を持ってきたといわれ、ウクライナ戦争の和平交渉でも政権内で中心的な役割を果たしてきました。ゼレンスキー氏は28日の動画声明で、イェルマーク長官の辞任理由を明らかにせず「彼には感謝している。うわさや憶測は避けてほしい」と訴えた由ですが、汚職疑惑にからんで家宅捜索されていたようです。一体ゼレンスキー政権内部で何が起きているのでしょう?
まず今回の事件は、ゼレンスキー大統領の意向に反して起こったということです。イェルマーク氏の汚職問題が取り沙汰されていた11月20日、ゼレンスキー大統領の与党「国民の奉仕者」は緊急会議を開きました。その場である議員がイェルマーク長官更迭の可能性を問うと、ゼレンスキー氏は強い口調でそれを否定し、その迫力に押されて議員たちからは続く声が上がらなかったといいます。その後大統領は、イェルマーク氏を和平交渉団のトップに据え、あくまでも彼をかばおうとしました(『京都新聞』11月30日)。
では、イェルマーク長官更迭は誰の意志によるのでしょうか?
現段階でそれを特定することは難しいのですが、第一にウクライナ国内の反ゼレンスキー政権の勢力、第二に米国、第三にロシアの関与ないしは画策が推測されます。その理由を述べる前に、ウクライナ国内の汚職捜査に関する流れを整理してみましょう。
汚職問題がクローズアップされたのは11月10日のことでした。ウクライナ国営原子力企業「エネルゴアトム」発注の工事契約をめぐって、ゼレンスキー大統領の元ビジネスパートナーであるミンディッチ氏が家宅捜索を受けました。ミンディッチ氏自身はその直前に国外に逃亡しています。
この汚職に関与したとされ、12日に司法相のハルシチェンコ氏とエネルギー相のフリンチュク氏が解任されました。また、ゼレンスキー大統領が重用していたチェルニショフ元副首相兼国民統合相も追訴されました。さらにはウメロフ国家安全保障・国防会議書記も参考人として国家汚職対策局(NABU)から事情聴取を受けました。
興味深いのは、このウメロフ氏が11月28日、イェルマーク氏に代わって和平交渉のウクライナ側交渉団トップに任命されたことです。
ということは、ウメロフ氏は自分が汚職容疑で摘発されるかもしれないという不安を抱えながら、和平交渉の責任を託されたということですか?
そういうことです。そして、そこに今回の汚職事件問題の真相が垣間見える気がするのです。汚職は現に存在したのでしょう。否定し得ない証拠が次々に上がってきています。しかし問題は、なぜこのタイミングでそれが発覚したかということです。
このタイミングとは?
各種メディアによりますと、11月20日に米国は、唐突とも思える形でウクライナに対し、28項目にわたる和平案を提示したとのことです。その内容は、ドンバス地域やクリミアのロシアへの割譲、その他のロシアの占領地域も事実上の承認、ウクライナ軍兵士数の半減、ウクライナがNATOに加盟しないことを憲法に明記等々、ほぼそっくりロシア側が従来から要求しているものだったようです。その上トランプ大統領は翌21日、ウクライナがこの要求を27日までに受け入れるよう一方的に求めてきたというのです。
その後の報道によると、この和平案を策定するにあたって米国とロシアの高官が10月中旬に協議し、ロシア側が準備していた文書をもとにしたことが分かってきています。
そのような和平案をウクライナ側としては受け入れることはできないのでは?
はい。ウクライナ側は11月23日、スイスで米国の高官と会合をもち(これには英仏独の代表も参加した由)、修正を求めました。そして翌24日、19項目から成る代替案を提示したとのことです。なおロシア側はこの代替案を「非建設的」だと直ちに否定しました。しかし米国のトランプ大統領は25日、この修正案に関して、当初案との「相違は数点だけだ」と楽観論を述べ、ウクライナ側が受入れるべきとした11月27日の期限を取り消しました。
今後の交渉はどうなるのでしょう?
ゼレンスキー大統領はトランプ大統領との出来るだけ早期の会談を求めていますが、トランプ氏は最終合意が得られた場合にのみ応じるとの姿勢を示しています。またトランプ大統領は特使をロシアに送り、さらに和平案を練る構えです。
ですが、ここで先述したウクライナにおける汚職摘発のニュースを思い起こしてほしいのです。この事件と、和平案をめぐるやり取りがリンクしていることに気づくはずです。すなわち、米国がロシア側とともに策定した和平案をウクライナ側が飲まければ、汚職捜査の手は他のウクライナの要人たち、もっと言えばゼレンスキー氏にも及ぶ可能性を示唆しているように思われるのです。ウクライナのNABUを動かしているのは誰なのか。その背後に米国当局(さらにはロシアの意向)があると見るのは自然でしょう。
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