かわらじ先生の国際講座~「高市外交」に求めるもの

画像なし高市早苗首相による新政権が発足しました。首相は所信表明演説(10月24日)の冒頭部分で「世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す」との決意を述べましたが、実際この10日ほど極めて精力的に外交をこなしました。10月26日にはマレーシアにおける日・ASEAN首脳会議に出席し、28日にはトランプ大統領を迎えての日米首脳会談、そして30日から11月1日までAPEC首脳会議に出席するため韓国・慶州を訪問し、日中及び日韓首脳会談を始めとする2国間外交にも力を傾けました。総じてどのような印象を受けましたか?

高市首相の個人的パフォーマンスについては賛否両論ありますが(特にトランプ大統領への接し方や、米軍横須賀基地の空母上での振舞など)、ともかく疲れも見せず、あれだけ笑顔で各国の指導者たちと対応できるタフさには驚かされます。われわれ大学教員の世界であれば定年間近で、「くたびれ感」が色濃く出ても不思議でない年齢なのですが(来年3月には65歳のはず)、良くも悪くもそうした「老成」を感じさせないのは驚異的かもしれません。しかし、こうした個人的なことはひとまず措き、全体として思ったことが2点あります。

画像なしそれは何でしょう?

第一は、そもそも高市外交の理念における「世界の真ん中」とはどこなのかという点です。国連やAPECのことでしょうか。世界の国々の大半を占めるグローバルサウスを念頭に置くならば、日本は外野席になってしまいます。喫緊の国際問題をウクライナ戦争とするならば、世界の中心はNATO加盟国とロシア、すなわち欧州となります。あるいはBRICSは購買力平価の面ですでにG7を超えており、人口や面積でも他の地域統合体を圧倒していますが、そこに日本は入っていません。中東やアフリカにもそれぞれの中心観があるでしょう。トランプ大統領からすれば世界の中心は米中の「G2」となります(同大統領の11月1日付SNS投稿)。つまり今日の世界には、これが「真ん中」と指し示せるような絶対的基準は存在しません。ことほど左様に多元化しているのです。

画像なし第二の点は何でしょう?

今日の国際外交の基軸は、多国間協調から二国間主義へとシフトしたことです。この点に関しては、11月2日付『京都新聞』(第2面)がAPEC首脳会議を振り返り、「かすむ国際協調 個別外交の場に」という見出しを掲げていましたが、わたしも同感しました。同記事を少し引用しましょう。

・「参加国は個別外交にまい進し、2国間対話の舞台装置としての側面が際立った。」

・「トランプ氏は、APEC首脳会議の開幕前日、懸案だった中国の習近平国家主席との会談を終えると、早々に米国に戻る大統領専用機に乗り込んだ。帰国後、交流サイト(SNS)に『中国や日本、韓国のトップに会った。素晴らしい貿易合意をいくつも結んだ』と投稿。APECなど存在しないかのようにアジア外遊を振り返った。」

報道によれば、APEC首脳会議を欠席したトランプ氏は帰国後、ホワイトハウスでのハロウィンイベントを楽しんだ由です。なお首脳会議にはベッセント米財務長官が代理出席しました。また、APEC首脳会議後に採択された首脳宣言には、過去の首脳宣言が国際貿易体制の中核としてきた「世界貿易機関(WTO)」への言及はなく、「ルールに基づく多角的貿易体制」といった文言も消えました。これは高関税政策をとるトランプ米政権に対する配慮とされ、「自由貿易」の理念は明らかに後退しました(『讀賣新聞』11月2日)。

画像なしとなると、日本外交も多国間協調よりは二国間関係を重視せねばならないということですか?

そうですね。現代の趨勢からすれば、わが国としては「世界の真ん中で咲き誇る」のでなく、まずは米中の間でどう生き延びるかが問われています。この点は韓国や台湾、そして北朝鮮もまた同様です。たとえて言えば、米中という二頭の巨象に踏み荒らされないよう、どうやって自分のテリトリーを守れるかという問題に直面しています。米中の対立は、その間の地域(地政学では「緩衝地帯(buffer zone)」などと言われます)で大きなひずみを起こします。日本国民の多くは米国が日本を守ってくれると信じていますが、地政学的現実からすれば、大国同士は衝突した場合でも、お互いを直接傷つけないように、その間の緩衝地帯で決着を付けようとするものです。
たとえば台湾有事の可能性を考えてみましょう。本来は東シナ海や西太平洋の制海権をめぐる米中間の覇権争いなのですが、何となく一般国民は、日本を当事者とする問題だと思い込まされているふしがあります。すなわち中国が台湾から尖閣諸島、さらには沖縄へと日本に向けて領土拡大の野望をむき出しにし、それを迎え撃つべく日本が南西諸島を中心として防備を固め、防衛力強化を図っている。こうした日本を支援してくれるのが米国だ、といった錯覚です。日中の角逐に対し、米国が日本を助けてくれているといった錯誤と言い換えてもいいでしょう。だから米軍に感謝し、日本自らが防衛努力を二倍も三倍もするのが当然だと考えてしまうのです。

画像なし安易に米国の政策に乗っかってはいけないということでしょうか?

そうです。それは当然のことです。トランプ大統領自らが自国ファーストを公言しているのですから、その政策は米国のためのものであって日本は二の次三の次です。ですからわれわれも「日本ファースト」で考えてゆかねばなりません。「日本ファースト」というと、参政党の「日本人ファースト」と同一視されそうですが、別物です。わたしが言いたいのは主権国家としてのありようであり、民族的な観点とは次元が異なりますが、ここではこれ以上論じないことにします。要するに日本を主体とした政策を構築することが重要だということで、対中関係も対米関係に劣らず深慮することが求められます。

画像なしAPECの会期中、高市首相と習近平国家主席による首脳会談が行われました。そして11月1日マレーシアで、小泉進次郎防衛相が中国の菫軍国防相と初の会談を行いました。成果はあったのでしょうか?

日本としては「言うべきことは言う」という姿勢で結構だと思います。要するに「驕らず、おもねらず」が外交の基本です。今回、首脳会談で「戦略的互恵関係」を推進し、「建設的かつ安定的な関係」を構築する方針が確認された点は高ポイントです(詳しくは『京都新聞』11月1日など)。防衛トップ会談でも双方が原則的な立場や懸念を表明するなかで、防衛当局幹部によるホットラインの確実な運用、政務から実務まであらゆるレベルでの対話・交流の促進などが一致をみた点は評価できます(『京都新聞』11月2日など)。
日中関係構築にあたって難しい問題の一つは国内にあります。日中議員連盟に属する議員や、自ら「知中派」をもって任ずる林芳正氏などが政策にかかわると、「親中派」あるいは「媚中派」などと揶揄され、足を引っ張られがちです。その点、対中強硬派でタカ派として知られる高市首相ならば、案外、中国との関係を進めやすいかもしれません。高市首相は故安倍氏の正当な後継者を自認しています。その安倍氏は、もしコロナ禍がなければ、2020年の春に習近平主席を国賓として招く意向を示していました。わたしはその遺志を高市氏が継ぐことを希望しています。


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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。

 


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