
2022年5月3日、私は、山口の奥地にある「ロバの本屋」へ向っている。山口の「厚狭」で、美祢線というローカル線の列車に乗り、ボックス席に座を占めると、どやどやと大所帯が同じボックスに乗り込んできた。それはとなりのボックスを巻きこむ親戚グループなのだった。(ここまで前回あらすじ)
私の隣りに30~40代くらいの男性、その向いにおじいさん。この2人は、同じグループに属す親戚関係のはずだけど、若い方の遠慮がある話しぶりから、親子や祖父孫関係ではないようだ。向こうのボックスでは、この男の子どもらしき小学生くらいの男児が、若い大学生くらいの男に勉強を教えてもらっていた。そっちには、男の奥さんと思しき女性(つまり子どもの母親)、他に1~2人の親類縁者(たぶん)が乗っている。
となりの男、おじいさんから聞かれて、大学はほぼオンライン授業だと返事。
てことは30~40代と思ったのは間違いで、大学生だろうかこの人も? 妻子持ちで? とにかくそれを聞いて
おじいさん「それじゃ授業と言えないね」
と言った。
美祢線の駅は全て無人で、山の中。そして駅名が変わっている。湯の峠(ゆのとう)→厚保(あつ)→四郎ヶ原→(中略)於福(おふく)→渋木→長門湯本。
親族集団は私とともに長門湯本で降り、
「タクシーを呼んであります」ととなりの男が言ってたとおり、タクシーに乗っていなくなった。

同駅で降りたもう一組の男女は徒歩でどっかに消えてしまい、駅員もいないし、駅前は、あっという間に私一人になってしまった。
そして見回すと厚狭駅同様ここにもまた店の一軒も、病院も、銀行もない。あいていないタバコ屋の前に、ただバス停がポツンとあるだけで、そこで待つ。
取り残されたようで心配だったけど、私の乗るバスは時間通りにやって来た。少しの人が乗っている。
途中で降りるおばさんが、降り際運転手にバサッと、袋に入った何かをあげた。運転手、「ありがとうございます」とお礼。

車窓から見えるひなびた景色のなかに、安倍のでかいポスターがちょくちょく登場(安倍氏はこの2カ月後に死亡)。約30分で俵山温泉着。数名降りる。乗車賃は600円。
はー、ようやくここまで来た。朝6:20に出発し、今15:08。あとはこっから歩いて35分のロバの本屋へ行くだけだ!
バス停近くの案内図で確認し、この道だな、と思った方に進む。細道に古い風情のある旅館が並んでいて、すごく雰囲気がある場所だ。

宿、宿、宿。満室だからと予約を断られた宿も次々現れる。「町の湯」「白猿の湯」も現れ、え?と思う。
それは私が今日の夜入ることになってるお風呂。でそれはロバの本屋の方向とは違うはず。
間違えた。あわてて来た道を引き返す。
この細道には、時々車が入ってくる。車は私と出会うと、すれ違えなくて立往生。私が行き過ぎるのを待っている。
なのでエチケットとして、車が来たら人の方が一時よけてあげなきゃいけないんだわ。てことを、他の通行人を見て折り返し地点ぐらいでようやく学習。

駅もバスもすいてたのに、これだけある旅館がいくつも満室だったのは、車で来る客が多いからだ、てことも学習した。
10分くらいロスしたけど、今度こそロバの本屋へつづく正しい道を歩きだす。きっともうまもなく、私のからだはロバの本屋の中にあるだろう。がんばれ。もう少し。進めひろみ。(つづく)
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。