米国政府はウクライナ戦争に関し、30日間の即時停戦を提案してきましたが、3月11日、米政府とウクライナ政府はこの案を協議し、合意に至ったとの報道がありました。その同意内容はどのようなものなのでしょう?
共同声明によれば、合意内容は大略以下のようなものです。
(1)ウクライナはロシアの合意と共同歩調を条件として、30日間の即時停戦を実行に移す。(2)米国は直ちにウクライナへの機密情報共有の一時停止を解除し、軍事支援を再開する。(3)ウクライナとロシアは和平プロセスの一環として停戦期間中、捕虜の交換や拘束された民間人の解放などを行う。(4)今後、米国とウクライナの代表団は、ウクライナに長期的な安全保障と平和をもたらすための交渉を開始する。さらに米国は、これらの点についてロシアとも協議する。ウクライナは、欧州諸国も和平プロセスに関与することを要請。(5)米国とウクライナは、ウクライナの鉱物資源に関する協定をできるだけ早期に締結する。
30日間という暫定的な停戦であれ、戦争当事国の一方であるウクライナが同意したことは大きな一歩だと思うのですが、なぜウクライナは同意したのでしょう?
先月末、米ウクライナ首脳会談が決裂し、米国側がウクライナへの軍事機密情報の提供と軍事支援を一時中止する決定を行ったことが最大の理由でしょう。それがなければウクライナは敗北必至です。戦争に持ちこたえるためには米国の支援が不可欠ですから、その支援を継続してもらうためには、米国の提案を飲まざるを得なかったというのが真相だと思われます。
しかし、戦争を継続するために、停戦合意をするというのは何だか矛盾していませんか?
そこが政治の駆け引きなのでしょう。米国のトランプ大統領は、その言動を追う限り、本気で戦争を終結させたがっているようです。他方、ウクライナのゼレンスキー大統領はこのままの状態で戦争が終結すれば、いままでの抗戦が無意味になります。領土はすでに6分の1ほど取られています。かりにロシアがこの暫定停戦に同意したとして、この30日間にゼレンスキー氏は何か挽回策を練ろうとしているのは間違いありません。
とすると、この30日間の停戦案は必ずしも平和に近づくものとは言えない気もしますね。いわば階段の踊り場のような状態で、下手をするとそのあと、さらに戦争がエスカレートする可能性もあるのでしょうか?
ロシア側はそう考えているようです。つまり短期的な停戦は、ウクライナ側に休息と、武器や人員の補充のための時間を与えてしまうと見ているようです。
ロシア側はこの30日間の即時停戦案に対し、具体的にどのような反応を示しているのですか?
ロシアのウシャコフ大統領補佐官は3月13日、ロシア国営テレビとのインタビューのなかで、前日にウォルツ米大統領補佐官と電話協議したことを明らかにし、その上で、その30日即時停戦案は所詮「ウクライナ軍にとっての一時的休息にすぎない」と否定的な考えを示しました(『京都新聞』2025年3月14日)。
プーチン大統領も12日、ウクライナ軍との攻防戦が続いているロシア領クルスク州へ軍服姿で赴き、あくまで武力での勝利を目指すとの意思表明を行いました。少なくともクルスク州を完全に掌握するまでは、停戦案に応じるつもりがないということでしょう。
また、プーチン氏は13日、ベラルーシのルカシェンコ大統領との共同記者会見の場で、30日間の即時停戦案に触れ、米国の仲裁の労に謝意を表しつつも、その案を実行に移す前に解決すべき様々な問題があると指摘し、否定的な考えを述べました。
米国のトランプ大統領は力でねじ伏せるように、ゼレンスキー大統領には一時停戦案を飲ませましたが、さしものトランプ氏もプーチン大統領を動かすことはできないということでしょうか?
そこが非常わかりづらいところなのです。トランプ氏はSNSでロシアに対して楽観的な展望を語っていますが、ロシア側もまたトランプ政権に対してはいろいろと配慮を見せているのです。実際、ここ数日、米露両政府はかなり緊密に連絡を取り合っています。たとえば3月13日、米国のトランプ大統領はウィトコフ中東担当特使をモスクワに派遣しましたが、プーチン大統領は彼を迎え入れ、ウクライナ情勢をめぐって長時間の話し合いを行いました。その結果、プーチン大統領はウィトコフ氏に対し、停戦案に関する追加的な条件を記したメッセージをトランプ氏に渡すよう託したとのことです。それを叩き台として、近々米露首脳会談が開かれる見通しのようです。
また15日は、米国のルビオ国務長官がロシアのラブロフ外相と電話協議を行い、外交関係の修復や首脳会談に向けた地ならしを行ったとの報道もあります。
一体米露はウクライナ戦争をどう解決したいのでしょうか?
これはわたしの推測ですが、いま米露は外交関係の修復を切実に求め始めているように思われます。トランプ大統領もプーチン大統領も、お互いに対立状態にあるよりも接近した方がメリットが大きいと計算し、その障害となっているウクライナ戦争をともかくも停戦にもっていくことでは一致しているのではないでしょうか。ウクライナは両者にとって「ディール(取引)」の対象なのです。
プーチン氏が前々から要求しているのは(1)ウクライナの中立化(NATO非加盟)、(2)ウクライナ政権の「非ナチ化」(つまりゼレンスキー政権の退陣)、そして(3)ウクライナから奪取した領土の維持だと集約できそうです。(1)と(2)はトランプ大統領が同意し得るものです。(2)に関してはウクライナ大統領選挙の実施という形になりますが。もし米露首脳会談が近々行われるとすると、停戦の条件としてプーチン大統領が突き付けてくるのは、おそらく(3)でしょう。トランプ氏がこの問題でどんな取引をするのか注目されるところです。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。