かわらじ先生の国際講座~安全保障と外交

画像なし1月12日付『京都新聞』に「台湾有事 主要企業半数が備え」という見出しの記事が載っていました(「表層深層」欄)。共同通信社がわが国の主要114社に対し、「台湾有事」への備えができているかどうか調査した結果、「既に備えをしている」が38社、「検討している」が15社とのことで、中国による台湾への侵攻が起こった場合、製造業の生命線である半導体のサプライチェーン(供給網)が断絶する恐れがあるため、「台湾での事業停止基準の明確化」など、最悪の事態に備え出しているというのです。多くの企業がそれだけ真剣な準備をしているということは、やはり台湾有事は近い将来に避けられないのでしょうか?

米国は2027年を台湾有事の年として警戒しています。そのころには中国の海軍力が米国のそれを圧倒すること、中国の習近平体制の最終年がその年であることなどを理由として挙げていますが、現に昨年末以来、中国が軍事的防衛ラインとみなす第一列島線に大量の艦船を投入し、軍事活動を活発化させているとの報道もあります。

中国の軍事侵攻に備え、日米も台湾周辺の軍事包囲網を固め、特に日本の自衛隊が南西諸島や九州への長距離射程のミサイル配備に力を入れていることもよく知られています。

わが国としては、東南アジア諸国もこの戦略に引き込もうと考えています。

画像なし石破首相は1月9日~12日に、ASEAN主要国であるマレーシアとインドネシアを訪問しましたが、そのことでしょうか?

そうです。この二カ国における首脳会談の成果を見ると、安全保障面での協力強化に力点が置かれた外遊であったと考えられます。まずマレーシアのアンワル首相とは、中国軍の海洋進出を念頭に、安全保障面での対話や共同訓練、わが国の防衛装備品の支援継続が約束されました。またインドネシアのプラボウォ大統領とは、やはり中国の覇権主義的行動を警戒し、日本による高速警備艇の無償供与など、安全保障協力の推進で一致しました。「安全保障政策のエキスパート」を自認する石破首相らしい外遊であったと言えますが、こんなに安全保障政策が前面に出ていいのかとの危惧も抱いています。本来の「外交」がないがしろにされているのではないかと危ぶむのです。

画像なし「安全保障」と「外交」の何が違うのですか?

外国との国家的な付き合い、すなわち「対外政策」には「安全保障」と「外交」という二面があります。安全保障は軍事と同義ですが、これは国と国との関係を〈敵・味方〉でとらえます。敵に対しては力(主として軍事力)で抑え込もうとし、相手が圧倒的に強大であれば支配服従の関係になります。
安全保障政策における世界秩序は〈力によるバランス〉で、基本的に国家は〈win-lose(勝ち負け)〉の関係です。戦争状態はその極限状態で、一方が勝てば他方は敗北になります。かつての冷戦もそうで、自由主義陣営が優勢であることはすなわち社会主義陣営の劣勢を意味しました。いまの韓国と北朝鮮、ロシアとウクライナ、米国と中国も〈win-lose〉の関係ですから、互いに覇を競い、相手をやり込めようとして軍事中心の安全保障が国家関係の中心になります。
それに対し、「外交」の本質は、〈win-win〉の条件を見出すことです。一方が得をすれば、一方が損をするという関係でなく、どちらの国も得をするという関係をつくることが肝心なのです。もしロシアとウクライナが共に利益を得る条件が見つかるならば(難しそうですが)、戦争は終わり、外交が始まります。お互いが敵味方でなく、共栄共存、相互依存の関係になるわけです。中国と台湾もそうした〈win-win〉の条件が見出せれば、戦争というコスパの悪い選択肢は選びません。米中関係も互いにメリットがある関係を構築できれば、互いの軍事的脅威は大幅に低減し、相互依存が進むはずです。

画像なし石破首相が提唱する「アジア版NATO」はどちらなのですか?

NATOは仮想敵国を前提とした軍事同盟ですから、そのアジア版も敵味方を峻別した安全保障枠組みとなります。あくまでも力(軍事力)によって敵側(中国、北朝鮮、ロシアが念頭にあるものと思われます)を屈服させようという構想です。
もし仮に石破首相が「アジア版EU」を提唱したとすれば、これはまさに外交です。EUは敵を前提とせず、共に繫栄する共同体を志向するものだからです。ですから「アジア版EU」構想であれば、たとえばそこに中国が入ることも十分にあり得るわけです。

画像なしよく国際政治ではリアリズムとリベラリズムの立場が対比されますが、軍事偏重の安全保障はリアリズム、対話と協調重視の外交はリベラリズと言えるでしょうか?

そう言っていいと思います。今はリアリズム万能の時代で、国家の指導者がむやみに安全保障を口にするきらいがあります。本来、文民である政治家は、安全保障(軍事)以上に外交に注力すべきだと考えます。

画像なし1月16日付『京都新聞』の第2面(政治・総合欄)を開くと、まさに安全保障と外交がせめぎ合っている感を受けます。そこには中谷防衛相が英国のヒーリー国防相とロンドンで会談し、インド太平洋地域の安保強化のため、自衛隊が英空母を防護することが話し合われたとの記事が載っています。これは中国軍の海洋進出を食い止めることを企図したものでしょう。しかし同じ紙面には、自民党の森山裕、公明党の西田実仁両幹事長が、中国の李強首相と北京の人民大会堂で会談し、日中関係の「深化が重要」と一致したことが報じられています。王毅外相も3月に訪日したいとの意向を示したとか。
2025年が始まったばかりですが、これからわが国と世界は、力と力がぶつかり合う安全保障政策か、それとも対話と利益の調和を求める外交の、いずれが比重を増すことになるでしょう?

対外政策における安全保障と外交は、いわば車の両輪で、どちらか一方だけでは成り立ちません。しかし、近年はあまりに安全保障が幅をきかせ過ぎているように思います。
米国にトランプ大統領がカムバックしました。彼がこれから打ち出してゆく政策の一つ一つが敵対か対話か、世界のありようを大きく左右するでしょう。トランプ氏就任前日の1月19日に、パレスチナ自治区ガザで停戦合意が発効したのは幸先が良いと言っていいでしょう。しかし世界の形勢は予断を許しません。石破首相は2月上旬にも訪米し、トランプ大統領と首脳会談を行うとの観測も出ています。トランプ、石破両首脳が真の意味での「外交」手腕を発揮できるか否か、注視したいところです。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰


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