不可解なこと。上演前に。

イラスト:秋山ののの

不可解なことって意外とたくさんある。
まもなく『ニッポン人は亡命する』という新作が東京で上演されるので、この台本のことに関する作業をすることが多くて、つい振り返ることになる。この台本が決してモデルにしたわけではない『明日のハナコ』事件の経過の中で、いくつも不可解だ、と感じる場面があった。ずいぶん前からの知り合いだった高校の先生たちが、高校生たちを排除する選択を抵抗なくしたときのショック。原発に対する問題意識がとても高く、むつかしい台本をたくさん書いてこられて尊敬していた理科の高校教員からこの運動に対して攻撃的なことばを浴びせられた時のショック。私よりもっととんがっていると思っていた第一線の劇作家からこの運動をやめろ、控えろ、というしつこい電話をもらった時のショック。
しかし、最大のショックは、全国高校演劇協議会、日本劇作家協会、日本演出者協会から組織決定として「抗議声明は出さない」というものを下された時だった。なにか、私は手違いをどこかでしたのだろうか?私の方こそ、自分では気がつかない非常識な情報を見過ごしているのだろうか?しかも致命的ななにかを。人権を、表現の自由を、原発批判の意志に力を、という方向には表現者はおおむね大同団結できると思いこんでいた。おおむね、たいていの知識ある人、平和主義や反戦や非戦の文章を書く人は小異はあっても大同に和してくれると思いこんでいた。今も名前を出してあの知人でもある劇作家、この劇作家に、解答を求めたい気持ちはある。ほんとに、どうしたの?と。あなたこそ、前からこういうこと書いてたじゃないの。上演もしてたじゃないの。どこをどうみてそっちを選んだの?と。
いや、うっとうしいことをいつまでもぐじゅぐじゅとつぶやいていたってしかたない。

日本被団協がノーベル平和賞を受賞した。すばらしくさわやかなニュースだ。けれど、核兵器の廃絶を、と主張し続けてきた団体のことを、日本の「現実的に生きている大人」はどこか軽侮してなかったか?核不拡散条約があってもぼろぼろと核保有国は増えている。隣国が核武装してるのに「非核を」なんて子供じみた理想主義は笑っちゃうよね。――今だってそんなことを考えてないか?
私は高校の野球部でショートを守っていた。レギュラーになった頃には軽いイップスになっていた。送球がまともにできない。練習のノックでは正確に処理できるのに、試合でははじく。失敗しちゃいけない、と思ったらもう終わり。打球が来ないことを祈るショートだった。二年生の秋の大会、同点で最終回。ゴロを私ははじいて、ピンチが広がって、そこから4点取られてチームは二回戦で負けた。秋が終わった。試合が終わった帰り道、ただのエラーだと思ったらしくて、皆はやさしかった。エラーのことには誰も触れないで電車に乗った。私はもう野球をやめようと思った。投手とは特別仲がよかった。彼はそのゴロを打たせた時点ですでに小さくガッツポーズをしたのだった。皆、勝ちたかった。その躍動する身体の感じはきっと一生記憶しちゃうだろうと思った。その感じを、焼けた火箸みたいにおなかの奥に抱えた。私は彼のことが好きだったんだと思う。退部したくなかった。泣きたくなった。
イップスは、その後治った。春の最後の試合までには間に合って、負けて皆とちゃんと一緒に泣いた。イップスだって人は治せる。望む気持ちが強かったら、不可能はない。世界は変えられる。彼と笑いたい、ちゃんと皆と泣きたい、と焼け火箸みたいに思ったら、私は治ったのだ。だから、核だってなくせる。自由だってとりもどせる。劇作家協会のみんなよ。この国のみんなよ。とりもどせるよ。サイレントマジョリティはやっぱり今もこちら側にある。人権は主張したい。獲得したい。弱いものが泣く世の中に加担する自分にはなりたくない。スポンサーが逃げる?大企業や放送局がうしろにいる仕事の群れから干される?干されたりしないよ。皆が声をあげたら、干したら誰も仕事してくれなくなるんだから。経営者に対して労働者が闘う戦術って昔からそれだったはずだ。今だって原則は変わらない。皆が小さく一歩ずつ前に進むこと。勇気をもって、一歩、小さく一歩。
理想主義だ、と笑うやつは笑わせとけばいい。理想を掲げたら笑われるこちら側の群れが、結果としては未来をつくるのだから。この劇をつくる気持ちは、つまり、そこにあることに改めて気づく。不可解は不可解ではなくなる。人がひとりずつ、勇気をくじけさせ、自分にはできることが小さい、ってさみしい気持ちになったとき、人なのに人らしくない選択を始めるのだ。間もなく上演されるこの劇を見て、不可解に軽侮する人もいるかもしれない。いやいるんだろう。上演前の劇作家はおびえる。バッターボックスに立つ前の高校生は三振しないか、とおびえる。でもやっぱりバッターボックスには立たないと始まらない。さわやかに三振してきてやろう。自分のスイングをするだけだ。(劇作家 公認心理士 鈴江俊郎)

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《うずめ劇場「ニッポン人は亡命する。」上演情報》

【東京公演】劇場 両国 シアターX
1/24(金) 14:00★ 19:00
1/25(土) 13:00 18:00★
1/26(日) 13:00
★の回…アフタートーク有
1/24 14:00=ゲスト:鈴江敏郎
1/25 18:00=ゲスト:鈴江敏郎/村井華代

【大阪公演】劇場 ウイングフィールド
1月30日(木) 14:00、19:00
アフタートーク有
昼公演=ゲスト:鈴江敏郎 夜公演=ゲスト:鈴江敏郎/土橋淳志

【北九州公演】会場 東八幡キリスト教会
2月1日(土)18:00
アフタートーク有 ゲスト:奥田知志
https://uzumenet.com/


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