拾う、という夢

レシートの旅は車掌27号(かるた)でも紹介している。

やましい生き方をしてるせいか、きれいすぎる場所、明るすぎる場所がどうにも苦手だ。
決まったものが決まった場所に間違いなく整然と置いてあって、完璧で、つけ入る隙がない、きれいな場所。LEDが眩しく輝き、白日のもとに全てが明るみに出てしまう、明るい場所。
そこは私の生きられる世界ではない。

Suicaなるものが現れるまえ、駅は私の夢が広がる場所だった。
あちこちに切符が落ちてて、そのほとんどが「○○▶120円」とか書かれた、初乗り運賃の切符だった。
そしてほとんどの場合、「○○」には落ちている駅とは違う駅名が書いてあった。
それはその切符が、ここではない遠くからやってきた、‟旅した切符”であることを意味する。
定期券を持って人が定期の範囲外に出かけたとき、帰りは最低料金で入構し、“キセル”して、定期で出る(もちろん全員じゃないけど)。そんな、名もない市民の小さな悪事の証たる、“旅した切符”。
「熱海▶140円」なんてのが落ちてると(うわ!)と思って、思わず拾いたくなってしまうのだった。

キセル旅行を題材にした「偶然小説」(『車掌16号』所収)

20数年前、ミニコミ『車掌』の企画で「目黒発○○行き」という一人偶然旅行を決行し、思いを遂げた。
キセルの切符を拾い、その正当な下車駅(たとえば「品川→120円」なら田町で下車、など)で降り、観光する。でその下車駅でまた切符を拾い・・・・と進んで行く。
ついでに並行して旅先での見聞を題材に‟偶然小説”を書き進めるのだ。
当時住んでた目黒から始めて、いろいろ回って最後は偶然にも、自分が生まれ育った葛飾の、「金町」駅に行き着いたのだった。
運賃制度に‟隙間”があってくれたのと、支払い方法がアナログだったのと、市民の倫理観の欠如(キセル行為にも不要切符のポイ捨てにも罪悪感を感じない)のおかげで、そんな楽しい旅ができた。

“落とす”、“捨てる”という、ちょっと悲しい行為の先にある“拾う”。
この動詞は、ゴミをモノに変身させ、人をピンチから救ったり、未知の世界に連れて行ってくれもする、魔法の杖だ。
このコラムで何度か言及した、ホームレス女性の遺した『小山さんノート』(小山さんノートワークショップ編、エトセトラブックス、2023年)。
そこには、一円玉、百円玉、タバコ、傘、お菓子、お酒・・・。道端やゴミ箱からいろんなもの拾いながら生きる様子が描かれていて、読んでてなんだかワクワクしてしまった。
「大地に一円玉がキラキラ輝いている」
「角のゴミ箱にパリと書いた新しいふくろが一枚あった。持ち上げると下に新しいブーツが一足ある。茶、ヒールの高いオリジナル品のようだ。この出会いがうれしい。・・・・これをはいて踊り、ゆったり散歩ができたら楽しいだろう」(『小山さんノート』)
ネットで注文して買ったものとも、人からもらったものとも違う、もっと運命的で、別世界に飛翔させてくれる、新たな出会い。
“拾う”とはそういうものでもあることを、小山さんの表現、生き方から感じた。小山さんから教えてもらった。

ペーパーレスの時代になり、市民はお金も切符も持たなくなった。
うっかり落とす、失くすリスクが減ったかわり、“ずる”もできず、“キセル”という言葉は死語になった。
駅も駅前も、ツルツルピカピカ。きれいになった。

近所の産業廃棄物置き場。ゴミも積もれば夢がふくらむ。

公園も、町のあちこちも、次々再整備されてきれいになってるんだけど、
都心から離れ観光客や要人が来ることがないうちの近所(葛飾区奥戸)は、産業廃棄物だらけ(一時置き場や運搬・処理の工場とか)だし、土手や河原には不法投棄のヤバいゴミがいっぱいだし、川岸にも、信じられないほどのゴミが打ち上げられてる。
土に帰れないゴミたちが自然の隙間を埋め、堆積する。
実はそんな場所が、見えないところにいっぱいある。

数年前からかるた(車掌27号)制作と並行して「レシートの旅」なる旅をしている。(今も旅の途中)
“レシート”という“紙”は量は減ってきたもののまだ健在で、時折道端に落ちている。運がいいと(おや、なんでこんなところにこんなレシートが?)と思うようなレシートに、巡り合える。そんな“旅したレシート”は、キセル切符同様、私に夢を与えてくれる。

高崎で拾ったゴミ(レシート)に導かれ、道の駅 南魚沼に辿り着いた

新小岩で、リブレ堀切店のレシートを拾った。そのレシート持って新小岩からずいぶん離れた堀切に行き、リブレを見つけそこでレシートに記されたのと同じ、甘酒を買った。そしてそのリブレ近くでまた“旅したレシート”を拾い、そこへ行く。そうやって進みながらこの旅は大きく展開し、現在なんと越後湯沢を旅行中だ(一旦帰京中)。

町の歴史を知る、思い出がいっぱい詰まった柱や壁、窓やふすまが壊され‟産業廃棄物”と呼ばれるゴミになる。
そこにきれいな大きなものが新しくできる。
産業廃棄物たちはトラックで運ばれ、きれいでないどうでもよい町にやってくる。分解されたり他の町から来たゴミたちと混じりあったり押しつぶされたりして、またトラックに乗ってどこかへ行く。
ゴミはだから、きれいなものたちより、人間たちより、もっとずっと経験豊富でいろんなことを知っている。
そんなゴミを拾いながら、旅をするのが私は好き。
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。
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飽きずにかるた大(小)会開いています。第7回は三本義治さん(漫画家)、田中六大さん(漫画家)が札を読みます。前回から「強いものが勝つとは限らない」ルールで行っています。お気軽にご参加を!


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