かわらじ先生の国際講座~北朝鮮の対ウクライナ参戦問題

画像なしウクライナのゼレンスキー大統領は10月17日、ブリュッセルで開かれたNATO国防相会合に参加したあとの記者会見で、「北朝鮮が1万人の兵士を参戦させる準備をしているとの情報を得た」と明らかにしました。同大統領は22日のビデオ演説でも、1万2千人の北朝鮮兵がロシア軍支援のため参戦の準備を進めていると述べました。

この情報に関しては、韓国の情報機関である国家情報院も10月18日、北朝鮮が1万2千人の派兵を決定したと確認しています(『讀賣新聞』2024年10月19日)。英国のメディアはこれよりも早く10月15日、ウクライナ情報機関関係者の話として、北朝鮮兵部隊がロシア極東で軍事訓練を受けていると報じています(『讀賣新聞』2024年10月17日)。
米国のオースティン国防長官も10月23日、北朝鮮が派遣した兵士がロシアにいる証拠はあると述べ、英国のヒーリー国防相も「数百人の戦闘部隊の移動が始まったのはほぼ確実」と表明しています(『日経新聞』2024年10月24日)。
こうした西側の報道に対し、当初ロシアや北朝鮮は否定していたものの、プーチン大統領は北朝鮮軍がロシア入りしていることを事実上認める発言をしました。

北朝鮮外務省もロシアに合せるようにして、自国軍兵士の参戦準備報道を追認するようなコメントを発表しています

どうやら北朝鮮がウクライナ戦争に参戦させるため、ロシアに自国軍兵士を送っているのは間違いないようです。いったい北朝鮮はなぜ対ウクライナ戦争への参戦を決めたのでしょう?

北朝鮮の派兵はいつ決まったのか、またその目的は何かといったことは当事国が明らかにしていませんので推測の域を出ませんが、「露朝関係に詳しい関係筋」によれば、昨年(2023年)9月、北朝鮮労働党の金正恩総書記がロシアを訪問した折に、プーチン大統領が金氏に要請したとのことです(『讀賣新聞』2024年10月19日)。
露朝両国首脳は今年6月にプーチン氏が訪朝した際、「包括的戦略パートナーシップ条約」に調印しました。この条約の第3条では、どちらかが武力侵略の脅威に直面した場合、両国は直ちに協議を行うこと、第4条では、どちらかが武力侵略を受け戦争状態に陥った場合、国連憲章と両国の法に準じて、遅滞なく、あらゆる手段で軍事的支援などを行うことが定められています。これは事実上の軍事的な相互援助条約といっていいでしょう。
周知のように今年8月初旬、ウクライナ軍はロシア西部のクルスク州への軍事攻撃を開始しました。すなわちロシアが「武力侵略」を受けたということになります。とすれば、北朝鮮がこの条約に基づいてロシアの軍事支援に動いたと考えることができるでしょう。その場合、北朝鮮軍部隊は、ロシア国境防衛のため、ロシア領内に留まり、主としてクルスク州での戦闘に加わることが予想されます。

画像なしロシアは北朝鮮軍に助けてもらわなくてはならないほど弱体化しているのですか?

そこの見極めは難しいところです。たしかにこの戦争によるロシア、ウクライナ両軍の死傷者は膨大です。ロシア側の戦死者が7万人を超したとする統計もあります。


プーチン政権としても、世論の反発を抑えられなくなる可能性は小さくないはずです。自国民の犠牲を増やさないためにも、他国から支援の申し出があれば、拒む理由はありません。しかし、北朝鮮側にもロシアへの兵力提供はメリットがあると思われます。

画像なしメリットとは何でしょう?

第一に、北朝鮮は「包括的戦略パートナーシップ条約」に基づきロシアを軍事支援したのだから、もし北朝鮮が韓国と衝突を起こし、米国が介入した場合には、今度はロシアが北朝鮮のために派兵の義務を果たしてほしいと要求できるわけです。俗な言い方をすれば、北朝鮮はロシアに一つ「貸し」をつくったと見ることができます。
第二に、韓国の国家情報院によれば、現在までに北朝鮮軍兵士約3000人がロシア入りし、様々な軍事訓練施設に分散して、ドローンなど最新装備を含めたロシア製兵器の使用法などを学んでいる模様で、年末には兵員数は1万人余りに達すると見られていますが(『朝日新聞』2024年10月24日)、このようにして北朝鮮軍はロシアから高度な軍事技術の教育を受ける機会を得ているのです。さらにロシア軍とともに実際の戦闘に参加することになれば、まさに実戦を通して戦い方を学べるわけです。北朝鮮軍としては韓国軍に屈しない、強靱な戦闘集団へと変貌する機会を得たと考えているのではないでしょうか。
そして第三に、ロシアから得られる実利的対価です。北朝鮮は無償でロシアへ派兵しているのではないと思われます。兵力と引換えに、ロシアからは様々なエネルギー資源、生活物資、食糧などを得ているはずです。北朝鮮はロシア(主として極東部)へ多くの労働者を送り、彼らの賃金を本国に「上納」させることによって外貨稼ぎをしてきました。その数は2万人ほどといわれています。2017年末、国連は北朝鮮が核・ミサイル開発をやめないことへの制裁として、国連加盟国に対し、2年以内に自国が受け入れている北朝鮮労働者を強制退去させるよう義務づけました。その期限である2019年12月、ロシアからも多くの北朝鮮人労働者が送還されました。北朝鮮としては外貨を得る手段が奪われたのです(むろん帰国せず留まった労働者もけっこういるようですが)。北朝鮮兵士は、こうした労働者に代わる外貨獲得手段として、ロシアに送られた可能性も否定できません。とすれば、兵士達の境遇はまさに「出稼ぎ哀史」です。

画像なし北朝鮮兵のロシアへの派遣はわれわれにどのような影響を及ぼすと考えられますか?

ロシアとウクライナの戦争はいわば欧州を舞台とした戦闘です。しかしそこに北朝鮮軍が参戦することになれば、この戦争が否応なくアジアとも連動してきます。現に韓国政府は、ロシアへの北朝鮮の軍事支援がこのまま進むならば、韓国としても「ウクライナへの武器支援」を考慮しなくてはならなくなると警告しています(『朝日新聞』2024年10月23日)。その場合、日本はいかなる対応を迫られることになるでしょうか。かなり難しい局面に立たされることは必至です。あえて極論を述べるならば、欧州の戦争がアジアを巻き込み、いよいよ世界大戦への導火線に火が点くというにもなりかねません。事態は深刻です。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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