ゼレンスキー大統領が9月22日~27日に訪米しました。 国連総会で演説をするためですが、バイデン大統領や、次期大統領候補者であるハリス氏とトランプ氏と会うことも重要課題だったようです。 岸田首相とも会談しました。 こうした一連の日程のなかでゼレンスキー大統領は何を訴えたのでしょうか?
まずはウクライナへの関心を呼び覚ますこと。 今日の国際社会の目は中東情勢に注がれ、ややもするとウクライナ問題が後回しにされがちです。 もう一度各国代表の関心をウクライナ問題に向けさせる必要がありました。 第二に、ウクライナへの軍事支援を求めること。 これは主として米国への要請です。 そして第三に、停戦に向けて本格的な地ならしをすること。 戦況がかんばしくないなかで、何とか有利な条件でロシア側を交渉の席につかせたい。 その道筋としてバイデン大統領に、和平実現に向けての「勝利計画」を提示すべく準備してきました。
成果をあげることはできたのでしょうか?
極めて厳しかったと言わざるを得ません。 が、ともかくゼレンスキー氏の活動を振り返ってみましょう。
ゼレンスキー大統領は9月22日、米国に到着すると、まずペンシルベニア州スクラントン(ここはバイデン大統領の出身地です)にある砲弾製造工場を訪ねました。 ウクライナ向けに155ミリ砲弾を製造している工場です。 ウクライナへの武器輸出でこの工場も潤い、ウクライナも助かっているという「win-win」の関係にあるというアピールでしょう。 一国の大統領自らが兵器工場を訪問するとは、なりふり構わずだなとの印象を受けました。
トランプ大統領候補は翌23日、ペンシルベニア州インディアナにおける集会でスピーチした際、ゼレンスキー氏について「彼は最高のセールスマンだ。米国に来るたびに600億ドルを持ち返る」と揶揄したそうですが(『讀賣新聞』2024年9月25日)、あながち的外れの発言ではありません。 ウクライナ国内で厳しい戦況のさなかに、1週間近く国を離れることができるのも、ゼレンスキー氏がもはや戦争指導の中心的立場にいないことの証左です。 外国から支援を取り付けることが彼の役回りなのでしょう。
25日に行われた国連総会での演説はどうでしたか?
ゼレンスキー氏は「ウクライナは世界の誰よりもこの戦争の終結を望んでいる」と強調し、そのためにもロシアの侵略をやめさせるための各国の結束が必要だと訴えました。 ロシアがウクライナの原子力発電所を攻撃しようと計画していると警鐘も鳴らしました。 総じてその内容には新味がなかったかもしれません。 しかし、それにしても各国代表の冷淡さが印象的でした。 ロシアの国連大使が欠席したのは驚くにあたりませんが、全体的に空席が非常に目立ったのです。
岸田首相(当時)は23日の午後、ゼレンスキー大統領と会談したとのことですが、それはどのような内容だったのですか?
岸田氏はゼレンスキー氏に、引き続き日本は全力でウクライナ支援を継続する旨伝えましたが、それ対するゼレンスキー氏の「低姿勢」にいささか驚きました。 以前には「ウクライナが戦っているのは自国のためだけでなく、世界の民主主義を守るためだ。だからウクライナへの支援は各国の責務である」といった調子の、やや尊大な印象すらあったのですが、今回のゼレンスキー大統領の岸田氏への姿勢は、意外なほどへりくだっていたとの感を受けました。 そして、ウクライナ全国民からの感謝のしるしとして、同国の最高勲章を首相に授与したのです。
26日、ホワイトハウスで行われたバイデン大統領との首脳会談の成果はどうだったのでしょう?
ゼレンスキー氏としては、それが一番肝心なことだったろうと思います。同氏は和平実現に向けての「勝利計画」をバイデン大統領に説明することを目的としていました。それがいかなる内容かは公表されていませんが、ロシア側の譲歩を引き出すために、ロシア領内へ米国製の長射程兵器を用いて攻撃する許可を取り付けたかったものと推測されます。しかし結局、そのような許可を米国側は与えませんでした。バイデン政権は総額80億ドル規模の支援を表明し、10月12日にドイツで再び首脳会談を行うことも約されましたが、これでは従来の延長であって事態の打開につながりませんから、ゼレンスキー氏としては不満足な結果だったろうと思われます。
トランプ氏とはどんな話をしたのですか?
27日にトランプタワーで二人は40分ほど会談を行った由です。トランプ氏は自分がプーチン大統領とは良好な関係にあること、自分が大統領になればウクライナ戦争はすぐに終結すると述べたようです(『日経新聞』2024年9月29日)。ニュース報道を見るかぎりでは、ゼレンスキー大統領とトランプ氏は大変友好的で、和平という共通の目標に向けて協力していくことで一致したようです。
それを額面通り受け取っていいのでしょうか?
トランプ氏も、彼を推す共和党も、ウクライナへの支援に否定的であることを考えれば、とてもゼレンスキー氏の味方だとは思えません。たしかに米国がウクライナへの軍事支援をやめれば、戦争はすぐに終息するかもしれません。しかしこれはウクライナの全面的な敗北を意味します。
わたしはウクライナ戦争の継続を願ってはいませんし、すぐにも終わらせてほしい気持ちは山々です。これ以上死傷者を出すことはあまりに悲惨です。ですが、この戦争の非がロシア側にあるのも事実です。ロシアの言い分が何であれ、主権国家の領土を軍事力で奪うことには一分の理もありません。わたしはゼレンスキー氏の訪米を振り返りながら、心底ウクライナに同情しました。軍事力での勝利は極めて困難である以上、何とか名誉ある和平の道を探れないものか。ウクライナを惨めな敗北者にしてはならないと思います。むろん、これは戦争を継続せよという意味ではありませんが。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。