かわらじ先生の国際講座~アジアを重視するプーチン政権

画像なしロシアのプーチン大統領が9月2~3日にモンゴルを訪問し、フレルスフ大統領やオユーンエルデネ首相たちと会談し、ロシアからのエネルギー供給その他に関する複数の文書に署名しました。また両首脳は、旧ソ連とモンゴル軍が旧日本軍に勝利した1939年の「ノモンハン事件」(ロシアやモンゴルでは「ハルハ河の戦い」と呼称)戦勝85周年を祝う式典にも出席したとのことです。
かねてより国際刑事裁判所(ICC)はプーチン大統領への逮捕状を出しており、ICC加盟国であるモンゴルがそれを実行するかどうかが一つの焦点となりましたが、何事もなくプーチン氏は帰国しました。なお、モンゴル国内ではロシア大統領の訪問に反対する抗議運動も見られ、戦争反対を表明した市民が拘束されたとも伝えられています(『京都新聞』2024年9月4日)。プーチン大統領のモンゴル訪問をどう評価したらいいでしょう?

まずプーチン大統領の逮捕状の件について少し述べておきますと、オランダのハーグに本部がある国際刑事裁判所(ICC)が2023年3月17日、プーチン大統領などロシアの要人に逮捕状を出しました。ウクライナのロシア占領地からロシア当局が不法にウクライナの子供たちをロシアへ強制移送したことに対する責任があるというのが罪状です。

ICC加盟国(124ヶ国。ちなみに米中露は未加盟)は、逮捕状を出された者を拘束する義務があります。ただ、わたしはプーチン大統領への逮捕状に関して、ずっと違和感をもっています。彼は正当な国民投票によって選ばれた国家元首であり公人です。それを犯罪者認定し、外国の機関が逮捕を命じるのはロシア国民全体への侮辱でしょうし、そもそも主権そのものをないがしろにしていると感じられるからです。逮捕状の発令は当時の西側諸国のヒステリックな反応、もしくは恣意的な政治判断の産物という気がしてなりませんが、その点について識者があまり議論していないことを訝しく思っております。

画像なしともかくモンゴルはICC加盟国でありながら、逮捕義務を履行しませんでしたね。その理由は何でしょうか?

それについてモンゴル政府の報道官がコメントを出しています。すなわち「モンゴルは石油製品の95%、電気の20%以上を隣国(ロシア)から輸入」しており、こうしたエネルギー面での依存からもプーチン大統領の拘束は「困難だった」と説明したのです。さらに「モンゴルは外交関係において常に中立を維持してきた」とも弁明しました(『京都新聞』2024年9月6日)。
ついでに言っておきますと、モンゴルはロシアや中国のような権威主義ないし専制主義の国ではなく、アジアでは数少ない自由が保証された国家です。アメリカに本部を置く国際NGO団体「フリーダム・ハウス」は各国の自由と民主主義の度合いを監視し、毎年その結果を公表していますが、モンゴルはアジアのなかで、日本、韓国、台湾とともに自由(=民主主義)の国・地域に分類されています。ロシアと中国に挟まれながら民主主義を維持していることに驚きをおぼえます。

画像なしプーチン大統領が「ノモンハン事件」戦勝85周年式典に出席したとのことですが、言うまでもなくこれは対日戦勝記念の行事ですので、日本を意識してのパフォーマンスということはないのでしょうか?

それはなさそうです。9月3日はロシアの対日戦勝記念日ですので、それを「ノモンハン事件」勝利と関連付ける催しがあれば別ですが、そうしたことはありませんでした。また、モンゴル訪問後、プーチン大統領は北方領土の視察に向かうのではないかとの憶測も一部にありましたが、それもありませんでした。ロシアとモンゴルの絆を歴史的に確認し合うという意味合いで理解すればいいと思います。実はモンゴルは、ソ連に次いで世界で2番目に社会主義体制をとった国なのですが、もはやどちらも社会主義国ではありませんので、その面で絆を深めるわけにはいきません。「ノモンハン事件」(「ハルハ河の戦い」)が両国の歴史的な友好関係を象徴するものとして位置づけられているようです。

画像なし今後のロシア外交にとってモンゴル訪問はどのような意義があるのでしょうか?

まずはICC加盟国が、プーチン氏拘束の義務を履行しなかったことを世界に見せつけたという点で、ロシアのメリットは小さくないはずです。これが先例となって、他のICC加盟国もモンゴルにならう余地が出てきましたし、なし崩し的にICCの逮捕状の件はうやむやにされていくかもしれません。プーチン大統領としては外交の幅が広がります。さらにはロシアのアジア重視が鮮明になりました。

画像なし具体的にそれを示してもらえますか?

モンゴルから帰国したあと、プーチン大統領が向かったのはウラジオストクでした。そこでは9月3~6日に、「第9回東方経済フォーラム」が開催されましたが、今回のテーマは「極東2030。強みを結集し、新たな可能性を創造する」というものでした。このフォーラムに出席したプーチン大統領は9月5日に演説を行い、ロシア極東の発展やグローバルサウスとの連携の必要を力説したのでした。

この数ヶ月間のプーチン外交をみても、アジア重視は明らかです。通算第5期目となる大統領就任後、プーチン氏が最初の外遊先に選んだのは中国でした。5月に北京を訪問し、習近平国家主席との首脳会談などを行ったのです。6月には北朝鮮を訪問し、金正恩総書記との間に包括戦略条約を結びました。そして7月にはインドのモディ首相がロシアを訪問し、両国首脳は共同声明のほか、9つの文書に署名しましたが、そのなかには「2024年から2029年までのロシア連邦極東における貿易、経済、投資分野でのロシアとインドの協力プログラム」も含まれています。

このようにしてロシアは、アジア諸国との関係を着々と強めつつ、自国極東部の発展につなげようとしています。わが国ではウクライナ戦争によるロシアの疲弊や弱体化についての報道が目立つように思われますが、ロシアはアジア諸国の活力を取り入れつつ、自国強化策に力を入れている面にもっと注目する必要がありそうです。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰


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