かわらじ先生の国際講座~ウクライナ軍、ロシアへ「逆侵攻」!?

画像なしウクライナ軍は8月6日、ロシア西部のクルスク州へ攻撃を開始しました。過去にも親ウクライナ派のロシア義勇軍がロシア領内で攻撃を行ったことはありますが、ウクライナ軍がロシア領内へ攻め込むのは、約2年半前にウクライナ戦争が始まって以来、初めてのことです。まず戦況はどうなっているのでしょう?

ウクライナ側とロシア側の言い分が食い違っており、情報も錯綜していますが、ウクライナ当局の発表によれば、ウクライナ軍は現在までにクルスク州内の約1150平方キロメートル(これは東京都の半分ほど)、82集落を占拠した模様です。また8月16日には、同州のセイム川に架かる橋を破壊したことも明らかにされています。

画像なし『京都新聞』2024年8月18日付の解説記事(第4面「インサイド」)は、今回のウクライナ軍による奇襲攻撃を「逆侵攻」と呼んでいますけれど、ウクライナ側の行動は正当化されるのでしょうか?

当然のことながら、ロシア側はウクライナ軍による「一般住民や民間施設」への攻撃を厳しく非難し、プーチン大統領も「敵は間違いなく相応の報いを受ける」と述べ、自軍に反撃を指示しました。
他方、欧米諸国はウクライナの攻勢を肯定し、正当な自衛権の行使だとする認識を示しています。たとえばフィンランドとエストニアの首相はすぐにウクライナへの支持を表明しましたし、ラトビアの外相はウクライナがロシア領内でNATOの兵器を使う権利があるとまで述べています。ドイツ外務省もウクライナの自衛権は「自国の領土に限定されない」との見解を示しています。

米国政府は、ウクライナ軍の奇襲攻撃について事前に何も知らされておらず、自国は一切関与していないとの立場を表明しています(ロイター、2024年8月14日)。バイデン大統領も記者団に対し、ウクライナの攻撃は「プーチン氏にとってジレンマになっている」と述べたのみで、それ以上は踏み込んでいません。ロシア側を不用意に刺激しないようにとの配慮がうかがわれます。ただしロシア政府は、クルスク州の橋の破壊に米国の高機動ロケット砲システム「ハイマース」が初めて使用されたと指摘しており、米国が無関係とは見ていません。

画像なしウクライナ側がロシアを越境攻撃した目的は何でしょう?

ゼレンスキー大統領は「次の重要な段階に向け」作戦を継続するよう軍司令部に指示を出しています。少なくともロシア領内への侵攻は当面継続するものと思われます。
最新のニュース(8月18日)によれば、ゼレンスキー大統領は越境攻撃の目的に関して、SNSに投稿したビデオメッセージのなかで「ロシアの領土に緩衝地帯を作ることがクルスク州での作戦だ」と述べた由です。緩衝地帯とは、敵軍が直接自国領に侵入しないようにするため、敵国と自国領との間に中間地帯を設けることです。そこを非武装の中立地帯化するか、武力衝突が起こった場合は、自国領を戦場にしないため、緩衝地帯でぶつかり合う、といったことになります(自国の国境地域を守るため、緩衝地帯に対し衝撃を和らげる役目を負わせることになります)。
他方、ポドリャク大統領府顧問は、ロシアを和平交渉のテーブルにつかせるためには「強制的な手段だけが有効だ」と述べ、ウクライナ外務省もロシアの領土を奪うことが目的ではないとの見解を示しています。

以上から察するに、ウクライナ軍の越境攻撃は、ロシアと国境を接するウクライナ領の防衛のためという軍事目的のほか、ロシア側の譲歩を引き出し、ロシア領のクルスク州をいわば「人質」にとることによってプーチン政権に圧力を加え、クルスク州と交換に、ロシアが占拠したウクライナ領の一部を返還させるなどの交渉材料にすることが考えられます。さらには、ロシア領を戦場とすることによってロシア国民の不安を高め、反プーチン気運をロシア国内に醸成しようとの政治的意図もありそうです。現にロシア市民の間に動揺が広がりつつあるというBBCの取材報道もあります。

画像なしウクライナ側の目論見は成功するでしょうか?

正直なところわかりません。ウクライナ軍がどれだけ攻勢を続けられるか次第だと思います。ウクライナ軍は不意打ちによってある程度クルスク州の集落を制圧し、橋を爆破して軍の補給路を遮断しましたが、ロシア側も態勢を立て直し、早晩、奪回作戦に転じるはずです。プーチン氏もこのような屈辱的な形で交渉に応じるわけにはいかないでしょう。自らの威信にかかわる問題ですから。
また、今回の事態は、ロシア人の間の反ウクライナ感情をさらに高める可能性もあります。ウクライナ軍が侵入したクルスク州は、第二次世界大戦中、ナチスドイツ軍と激戦が繰り広げられた場所で、「クルスクの戦い」としてロシア人の記憶に深く刻まれています。プーチン大統領は従前からゼレンスキー政権を「ネオナチ」と呼んでいますので、このウクライナ軍の侵攻を第2の「クルスクの戦い」として政治宣伝に使う可能性もなくはありません。そうなれば、ウクライナ政府の思惑とは逆に、ロシア人の士気を鼓舞することにもなりかねません。
さらにはNATO諸国、とりわけ米国が、ロシアへの越境攻撃を続けるウクライナにどこまで軍事支援をするのかも不透明です。大統領選挙も山場を迎えつつある米国政府としては、ロシアとの緊張を高めることにメリットを感じないはずです。米国の世論がそれを望んでいるとは思えないからです。ゼレンスキー政権はかなり危険な「賭け」に出たとの感は否めません。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。 俳句誌「伊吹嶺」主宰


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