かわらじ先生の国際講座~欧州議会選挙――右派伸張の背景要因

画像なし去る6月6~9日に行われた欧州議会選挙では、右派・極右勢力が大幅に勢力を伸ばしたと報じられました。 欧州情勢はわれわれ日本国民にあまり馴染みがなく、今一つぴんと来ないのですが、そもそもこの「右派」「極右」とはどういう主義主張の勢力なのでしょう?

一般に「右派」(その極端な形が「極右」)という場合、個人の自由や人権よりも国家や民族という集団の利益や存続を重視する立場で、しばしば国家主義、愛国主義、民族主義を旗印として掲げる政治勢力を指します。 極右は全体主義と同義で使われることもあります。 ヨーロッパに即して述べますと、今日27ヶ国が加盟しているEUは「多元主義、非差別、寛容の社会」を理念としていますが、右派や極右の人々はこの理念に懐疑的ないしは否定的で、「自国優先」を唱えています。
たとえば先日の欧州議会選で大躍進を遂げたフランスの「国民連合」は極右政党に分類されています。 同党は2018年6月1日に改名するまで「国民戦線」という政党名で、反ユダヤ主義や排外主義を掲げ、ネオファシズムの代表格と目されてきました。 しかし改名後、マリーヌ・ル・ペン党首のもとで主張を穏健化させ、現在はジョルダン・バルデラという28歳の青年が党首を務めていますが、「極右」というレッテルとは裏腹な爽やかさを売りにして、青年層にも支持者を増やしています。
現在、イタリアの首相を務めているジョルジャ・メローニ氏が率いる「イタリアの同胞」も、独裁者ムッソリーニの精神を引き継ぐ極右政党とされますが、メローニ氏は首相に就任すると、EUやNATOとの協調姿勢を示し、主張を穏健化させているのが現実です。
昨今の欧州の極右政党は、過激な発言を慎み、一般民衆に受け入れられやすい公約を前面に押し出す路線に切り換えているようです。 メディアではこうした新路線をポピュリズム(大衆迎合主義)と呼んでいますが、このポピュリズムが勢力伸長の大きな要因になっているようです。

画像なしこうした右派や極右勢力が欧州議会で大きく議席を増やしたわけですが、この欧州議会とは何でしょうか?

ごく単純化していえば、EUの立法府(議会)で、EU加盟国の閣僚で構成されるEU理事会とともに立法権を持ちます。 EUの執行機関である欧州委員会が提出した法案の大部分は、欧州議会の承認なしでは成立しません(詳しくは『讀賣新聞』2024年6月7日)。 その影響力は年々強化されており、EUの諸政策を大きく左右する権限があります。 EU加盟国27ヶ国の代表者720名で構成されています。
5年に1回選挙が行われます。 この選挙はEU加盟国ごとに比例代表制で実施され、各国の人口に応じて議席が割り当てられます。 ドイツが最多の96議席、ついでフランスの81議席、イタリアの76議席、スペインの61議席といった具合で、最小はキプロス、マルタ、ルクセンブルクの6議席となっています。

画像なしつまり各国の選挙で右派や極右の政党が躍進して議席を増やし、それらを総計すると欧州議会に占める右派・極右議員の数が大きく増大したということなのですね?

そういうことです。 とはいえ、右派・極右勢力の伸張をあまり過大評価すべきではないと思います。 これらの勢力は720議席中20~25%程度(全体の4分の1以下)で、いわゆる「親EU派」が過半数を維持しました(『朝日新聞』2024年6月10日)。 ですから、EUの結束が揺らいだり、方向転換したりといったことがすぐに起こることはないと思われます。 ただしEUの舵取りをする中道派は、右派や極右勢力の主張を取り込みながら妥協を図らざるを得ず、様々な面で政策の修正がなされていくのは必至でしょう。

画像なし具体的にはどのような修正が生じ得るのでしょうか?

まずはウクライナ戦争に対する姿勢です。 右派や極右というと好戦的というイメージを持たれがちですが、これらの勢力の伸張は、欧州の人々の厭戦ないし反戦気運の反映とも言えるのです。 2020年の新型コロナ禍によって欧州の経済は打撃を受けましたが、2022年に始まったウクライナ戦争は弱体化した欧州経済に追い討ちをかけました。 ロシアからの天然ガス等の輸入がとまったことによる燃料や物価の高騰、原料や穀物不足の深刻化など、国民生活は苦しくなったのに、ウクライナに対しては軍事支援を増大させる一方のEUに欧州諸国の人々は不信を抱くようになったのです。 他国の戦争に加勢するより、自国民の生活を救済してほしいという思いが、ポピュリズム的政策を掲げる党を押しあげる原動力となったとも考えられるのです。 また、中東やアフリカから流れ込む不法移民・難民(2023年に100万人を超えたといわれます)が欧州諸国の経済を蝕み、治安を悪化させている原因だと見なす人々は、右派政党の唱える「反移民」に同調したといえるでしょう。 要するに欧州は今や「内向き」になりつつあるのです。

画像なしこの傾向は今日の米国にも通じるといえませんか?

そうですね。 米国のバイデン政権はウクライナ支援の先頭に立ち、同盟国への関与に力を入れ、欧州の結束に尽力していますが、もしトランプ政権が復活することになれば、米国自体が「内向き」になり、欧州と同じ状況になっていくことでしょう。 そのとき中国やロシアはどう動くのか。 また日本やアジアはどんな影響を受けるのか。 われわれが熟考すべき難題です。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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