私が児童・生徒だったのは1980年代から90年代にかけての頃で、当時は「平和」とか「戦争反対」と言っただけで「政治的発言はやめよ」と言われたりすることはなく(少なくともそういうことは身近ではなかったので)、戦争による多くの悲劇について、学校でも学びました。他方で、大学生になる前後くらいから、ずっと不思議に思っていたことがありました。兵士として戦場に行った人たちの話についてです。召集令状が来た場合であれ、志願して兵士になった場合であれ、若くして死なねばならないことの無念さや、残された家族の悲しみと苦労・苦悩についての話は多く学びました。他方で、『欧米の話』として、戦争神経症(最近は戦争トラウマとも呼ぶようです)の話を読んだり映像で見たりすることがありました。「旧日本兵も同じのはずなのに、どうして情報が全く出てこないのだろう?」と思っていました。
記憶にある唯一の例外が、2011年秋から放映されたNHKの連続テレビ小説の「カーネーション」です。主人公の「ヘタレ」な幼馴染が徴兵されて、精神を病んで帰ってきました。再度の招集を受けて死亡するのですが、戦後、何十年もたってから彼の母親が「酷い目に遭わされたからと思っていたけれど、ちがうんや。(酷いことを)やったんや」とつぶやき、主人公が声を殺して泣き崩れるシーンがありました。かなり力強い主人公で、彼女が泣くシーンはほとんどなかったと思うのですが、その主人公が泣いた場面でした。「やっと、テレビに出てくるようになった」と思ったのを覚えています。
それからさらに10年ほど経ちましたが、最近、戦争神経症(戦争トラウマ)の記事を見かけることが増えてきました。
気づけなかった戦争トラウマ 信田さよ子さんが見た虐待の奥底:朝日新聞デジタル https://t.co/JAt7389kDq
「95年当時に40歳前後だった世代の女性たちが受けた虐待経験が、他の世代と比べて際立ってすさまじかったんです」— おきさやか(Sayaka OKI) (@okisayaka) February 25, 2024
今日の京都新聞。上野氏が戦争トラウマの世代間連鎖について書いてる。無視された復員兵PTSDとDV。「雷オヤジ」と社会は見逃したが、彼らが80〜90代になった時、高齢者施設の職員達が異常な暴力性に気づいた。その次の世代は暴力のレベルが下がった。
私は同じ暴力性が自民党政治の底流にあると思う。 pic.twitter.com/jzEMUhcfSY— mipoko (@mipoko611) May 19, 2024
戦場から帰還した男性たちが、帰還後に家族に酷い暴力を振るうようになったことが明らかになってきました。また、もう少し前の記事ですが、社会復帰が難しい場合もあったことなどが報告されています。
戦後70年以上PTSDで入院してきた日本兵たちを知っていますか 彼らが見た悲惨な戦場 【アーカイブ記事】 https://t.co/1gDzJi51xD
— BuzzFeed Japan News (@BFJNews) January 8, 2022
上記の上野千鶴子先生の記事で紹介されている「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」のwebサイトもありました。ご自宅を博物館のようにして展示をしておられるそうです。
沖縄での晩年発症型PTSDを報告した精神科医の方のお話をラジオ形式で聞くこともできます。
なお、本日の記事は「旧日本兵」のものが多かったですが、戦争神経症は兵士だけのものではありません。他方で兵士という存在は、「強くあらねばならない」という規範に縛られがちなので、本人も認めづらかったりして治療等につながりにくく、結果として、妻子などに暴力を向けるという形での表面化が起きがちなのかもしれないと思います。戦争の傷がいかに深いく、かつ継続的なものであるのかということを、改めて考えさせられます。
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