かわらじ先生の国際講座~「もしトラ」とロシア

No Picture「もしトランプ氏が再び米大統領に返り咲いたら」どうなる?それを略した言葉が「もしトラ」のようですが、わが国のメディアでは怖い物見たさみたいに様々な論者が予測を立てています。「ほぼトラ」という言い方もあるようで、トランプ氏の再選はほぼ確実という意味だそうです。こうした言葉には、もしも本当にトランプ氏が米大統領に復帰したら大変なことになるという含意があるわけですが、実際のところどうなのでしょう?

バイデン政権時に国際政治は大きく変わりましたので、かりにトランプ氏が戻ってきたとしても、4年前に自分が積み残した課題に直ちに取り組むという単純な話にはならないと思いますが、それでも国際政治の流れはかなり変わるのではないでしょうか。特にわたしが注目したいのはロシアとの関係です。

No Pictureロシアとしてはトランプ氏の復帰を歓迎するのでしょうか、それとも危ぶんでいるのでしょうか?

その問いに関しては、ロシアのプーチン大統領が今年2月14日に行われたロシア国営放送とのインタビューのなかで興味深い発言をしています。大統領専属のインタビュアー(パーヴェル・ザルビン氏)が「われわれにとってバイデン氏とトランプ氏のどちらが(次期大統領として)望ましいでしょうか」と尋ねると、プーチン大統領は間髪を入れず「バイデン氏だ」と答え、その理由として「彼は経験豊富で予測可能な人物だ。そして古いタイプの政治家だ」と述べたのです。

No Pictureこれは本心と受け止めてよいですか?

この4年間でバイデン大統領の手の内はすべてわかった、ということであれば本心でしょう。プーチン氏も今の路線を継続すればよいわけですから確かに予測は立てやすいと思います。しかしトランプ氏が当選を果たした8年前のことを想起すれば、実状はもう少し複雑です。その時、ロシアはトランプ氏を当選させるためにいろいろ画策したといわれているからです。

No Picture2016年の米国大統領選にロシアが干渉したとされる「ロシア疑惑」のことですか?

そうです。2016年の大統領選挙は民主党のヒラリー・クリントン氏と共和党のトランプ氏の対決となりましたが、クリントン陣営が何者かのサイバー攻撃を受け、機密を暴露されるなど不可解なことが続発しました。どうやらロシアによる工作だということになり、その後もトランプ陣営がロシアの機関と共謀し、クリントン氏追い落としを画策したとの疑惑が深まっていったのです。

むろんロシア側もトランプ陣営もこれを否定しました。また、その後の調査でも共謀に関する確たる証拠は見出せませんでした。昨年(2023年)5月15日には、真相究明を託されたダーラム米特別検察官が、客観的な証拠もなく先入観をもって捜査に乗り出したFBI側に非があったとする最終報告を提出し、決着がつきました。

こうして公式的にも疑惑は払拭されたのですが、しかし「火のない所に煙は立たぬ」といいます。疑惑のなかには、トランプ氏の長男や大統領補佐官がロシア政府筋の人間と密会していたとされるものもあるのですが、これらのことはトランプ氏陣営とロシア当局しか知り得ないはずです。それが洩れたとすれば、ロシア側が故意にリークした可能性も否定できません。これはわたしの憶測にすぎませんが、トランプ氏とロシア側には何かしらのつながりがあり、それを表沙汰にしてほしくないトランプ陣営をコントロールすべくロシア側が揺さぶりをかけたと見るのはうがちすぎでしょうか。

No Pictureもしトランプ氏が返り咲いたとして、ロシア側にどんなメリットがあるのでしょう?

ウクライナ戦争の帰趨だと思います。この戦争がロシアの国力を消耗させていることは間違いありません。トランプ政権になれば終結は早まるものと予想されます。そもそもトランプ氏の支持母体である共和党はウクライナへの軍事支援に否定的ですし、トランプ氏自身も「すでにロシアが奪取しているクリミア半島やドンバス地域をウクライナはロシアに割譲すべきだ」と発言しているようです。このような対ロシア宥和政策は、プーチン政権を喜ばせるものでしょう。

プーチン大統領としてはイデオロギー的にもバイデン大統領よりトランプ氏のほうが馬が合いそうです。

No Pictureそれはどういうことですか?

バイデン大統領は政権発足と同時に、世界は民主主義と専制主義の闘争の場であると定義付けました。そして民主主義陣営の結束を呼びかけたのです。こうした指針は世界を2つの陣営に分裂させ、新冷戦と呼ばれる国際的な対立を先鋭化させました。そして非民主主義的なグローバルサウスの国々(途上国)をロシアや中国の側へ近づける結果となったように思われます。
その点、トランプ氏は民主主義という価値観をそれほど信奉しているようには見えません。トランプ大統領(当時)が北朝鮮の金正恩委員長を「非常に高潔だ」と褒めたたえ、2018年6月に史上初となる米朝首脳会談を実現させたことはまだ記憶に新しいでしょう。中国に対しても不均衡な貿易に関しては痛烈に批判したものの、独裁的性格をことさら非難することはなかったように思います。
そういう意味ではトランプ氏は柔軟だとも言え、もし大統領になれば、ロシアと何かしらの妥協を見出す余地は出てくるでしょう。実利追求以外の理念を持ち合わせているとは思えないトランプ氏が、もしも大統領に再選されたとしたら、国際情勢は一体どうなるのか。リベラルな論者は大部分がトランプ氏の返り咲きを悪夢と見なします。しかし「禍転じて福と為す」という格言もあります。いずれにせよ国際政治の潮目が変わることは確かでしょう。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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