Weekend Review~「鷺と雪」ベッキーさんシリーズ

「鷺と雪」は北村薫の「街の灯」「玻璃の天」に続くベッキーさんシリーズ最終巻で、この作品で直木賞を受賞しています。舞台は大正8年から12年の帝都東京。士族出身の上流家庭花村家の令嬢・英子が彼女の専属運転手となった別宮みつ子と謎を解いていく短編推理小説集です。英子はサッカレーの小説「虚栄の市」のヒロインにちなんで別宮をベッキーさんと呼んでいて、ベッキーさんとやりとりしながら英子が変死事件から兄がもらった手紙の暗号解明まで様々な謎を解いていきます。

銀座の服部時計店に出来た時計塔の内部を見学に行ったり、資生堂パーラーにミートクロケットを食べに行ったり、昭和初期に話題になったことや世相風俗が描かれていて、なんだか懐かしい。勿論、作者も私も戦後生まれなので当時を知る訳ではないけれど、「銀座八丁」には夜の銀座に出る夜店が描かれていて、子供の頃、北大路通りに出た夜店にワクワクしたこと、母が子供の頃に夜店で海ほうずきを売ってたと言ってたことを思い出しました。銀座の夜店はさぞ楽しかっただろうと思うし、「幻の橋」の上野公園の帝都図書館の西洋建築の描写は洋画家だった母に連れられて行った昔の京都市美術館を思い出させます。そして士族出身のお嬢様の知り合いはいませんが、お向かいさんの家にはコメットさんみたいなお手伝いさんがいて勝手口から出入りしたり、大きな会社の社長さんだったご主人は運転手付きのハイヤーみたいな黒い車で出勤されてて、ああそういう人達っていたなぁと。タワーマンションに住む今の富裕層とは違う風格というのか品の良さがあったけど、こういう人達って今もいるんだろうかと思ったり。(余談ですが、お向かいさんは今は3軒の家になってます。ご近所の大きな家もみんな3軒になってて、当時はどこの家も今の3軒分の広さがあったってことですね)

「街の灯」はただノスタルジックな雰囲気が懐かしいだけだったのが、「玻璃の天」で自由思想を排撃する段倉が晩餐会での講演後に天窓のステンドグラスを突き破って転落。その真相が思想テロで妹や恋人を失った男達の復讐だったという戦前の危うさが描かれる様になり、昨今の不穏な空気と重なるものもあってより興味深くなりました。更に「鷺と雪」では明治時代に実際にあった男爵の失踪事件を題材にした子爵が突然消え失せる「父の不在」で名門の子爵が浅草でルンペン(浮浪者)になっていたり、華やかなだけではない帝都の現実が露になり、最後の表題作では昭和12年12月に起こった歴史的な事件が描かれることになります。ベッキーさんシリーズをもっと読みたいと思うけれど、続編が描かれることはなさそうです。というのも北村薫がこのシリーズを構想するきっかけとなった松本清張の「昭和史発掘」に官邸の電話番号が銀座の服部時計店の番号と似ていて、間違い電話がよくかかってきたとの談が記されているそうで、これが終盤の鍵になっているからです。どう盛り込まれているか興味を持たれた方は、是非お読みになってご確認頂きたいと思います。(モモ母)

 

 


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