南アフリカ最大の都市ヨハネスブルクで8月22~24日、BRICS首脳会議が開かれました。国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ており、現地での逮捕もあり得るロシアのプーチン大統領がオンライン参加を決めたことなどが一時マスコミで話題となりましたが、肝心の会議内容についてはわが国でさほど関心を集めなかったように思われます。実のところ、どのような意味をもつ会議だったのでしょう?
まず、BRICSについてすこし説明しておきます。この語が初めて使われたのは2001年のことで、当初はBRICsと表記されました。ブラジル、ロシア、インド、中国の英語表記の頭文字をとり、4ヶ国の連合ということで複数形の小文字「s」が付いていたのです。先進国に迫る勢いのある新興国の代表という位置づけです。2011年、新たに南アフリカが正式メンバーとなったため、小文字の「s」を国名の頭文字「S」に置き換え、今日の表記となりました。
BRICS5ヶ国の国際社会における存在感はけっこう大きく、世界人口の約40%を占めます。国内総生産(GDP)の世界に占めるシェアは、2000年には8%に過ぎませんでしたが、2022年には26%に成長しました。これに対しG7は、65%から44%へと世界経済におけるシェアが低減しています(「日経速報ニュース」2023年8月22日)。経済的にはまだG7の地位を脅かすほどではありませんが、グローバルサウスを束ね、さらに躍進しようとしていることはたしかです。
今回の首脳会議ではどのようなことが話し合われたのでしょうか?
5ヶ国による首脳会議のほか、約60ヶ国・地域代表が集まり「拡大BRICS会議」も開かれました。拡大会議には国連のグテレス事務総長も出席しています。24日には「ヨハネスブルク宣言」が発表され、共同記者会見も行われました。
会議内容は多岐にわたりますが(その中には、ウクライナ戦争の対話と外交による解決への支持も含まれます)、わたしが注目したのは2点です。1点目は加盟国の拡大、2点目はBRICS間の経済取引における自国通貨の使用促進です。
まず、新たに加盟するのはどの国ですか?
アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦です。この6ヶ国を2024年1月から正式加盟国として迎え入れることになりました。20ヶ国以上が正式加盟を申請しているとのことでしたが(その中にはアジアのインドネシア、タイ、ベトナム、旧ソ連のカザフスタンとベラルーシも含まれます)、結局、どのような基準やプロセスで加盟国が選ばれたのか明らかにされないまま、この6ヶ国に決まりました。アルゼンチン以外はいずれも中東とアフリカの国である点が注目されます。米国と関係をこじらせているサウジアラビア、そして反米国イランの加盟は、これからのBRICSの姿勢を左右する可能性があります。
従来BRICSは、特定の政治信条やイデオロギーを掲げておらず、外交路線も曖昧でした。中国とロシアはG7(米欧)への対抗姿勢を明らかにしていますが、それ以外の国は米国とのあからさまな対立は避けたいとの思惑があります。インドは日米豪との協力枠組みである「クワッド」の一員ですし、米欧と中露の間でバランスをとりつつ中立を維持しようとしています。ブラジルはロシアによるウクライナ侵攻を国際法違反と断じ、国連の非難決議には賛成票を投じながら、米欧の対ロシア制裁には強く反対し、バランスをとっています。議長国の南アフリカは、「BRICSはG7に対抗するものではない。国際社会のなかでグローバルサウスの立場を高める場だ」との立場を強調しています。
しかし、今回新たに加盟することになった国々を見ますと、中国とロシアの主導で決まったことが窺われます。特に中東やアフリカなど米国の影響力が減退し、中国やロシアの勢力が伸張している地域から加盟させたことが、それを裏書きしています。
BRICS内で中露の影響力が増しているのは、経済的な理由といえるでしょうか?つまり両国への経済依存が強まっているからなのでしょうか?
そのとおりです。これは、先程わたしが述べた第2の注目点と結びつく問題です。すなわち、今回のヨハネスブルク宣言のなかに、「BRICS間の国際貿易と金融取引で、自国通貨の使用を促進することの重要性を強調する」と記されていますが、これは貿易や金融取引における「脱米ドル」化を目指すものだといえます。
ウクライナ戦争をきっかけとして食料・エネルギー価格が高騰し、途上国の多くが米ドルを中心とした外貨不足に悩んでいます。米ドルの外貨準備高が低迷し、IMFへの融資返済にも苦しんでいます。米欧から経済制裁を受けているロシアは、むしろこれを奇貨として、脱ドル化の流れを歓迎し、現地通貨決済による新興国との貿易(燃料、食料、武器の輸出など)に力を入れています。
BRICSは、BRICS銀行と通称される新開発銀行(NDBと略称。本部は中国・上海)の役割強化を目指し、遠い目標ながら「共通通貨」創設の構想ももっています。
米国のドルに対抗し、人民元の国際化を図りたい中国は、各国と人民元決済の方式を取り入れつつありますが、こうした脱ドル化の動きを、自らの大戦略である「一帯一路」に結びつけようとしているようです。現にBRICS首脳会議の期間中、10ヶ国の首脳と個別会談を行い、たとえば南アフリカのラマポーザ大統領とは「一帯一路」に関する覚書を交わし、経済協力の強化で一致したとの報道もありました。
BRICSは今後さらに拡大していくでしょう。米欧中心の国際秩序に不満を抱く国々が、中露に主導されるBRICSの陣営に入り、世界の亀裂を招く事態を防がねばなりません。G7を始めとする西側先進国が今の国際秩序にあぐらをかいていると、一気に形勢が逆転する可能性もあります。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。