かわらじ先生の国際講座~ドイツにおけるクーデター未遂事件

ドイツ連邦検察庁は12月7日、国家転覆計画を練っていたとして、極右勢力のメンバー25人を逮捕したと発表しました。容疑者たちは連邦議会を襲撃し、国家を乗っ取ろうと画策していたようですが、この件に関してもう少し詳しく解説してください。

このおぞましい事件については翌8日、わが国のメディアも報道しています。

 テレ朝news 
【報ステ解説】「米議会襲撃が影響か」先進国でなぜ?独“国家転覆”計画 元貴族逮捕
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000279087.html
ドイツでクーデターを企てたとして、極右勢力のメンバーらが逮捕されました。ドイツ中部にある静かな町、バート・ローベンシュタインには7日、武装した警官たちが集結していました。目的地は中世のお城のようなハンティングハウスです。近隣住民:隣人が極右の過激派...

テレビや新聞の報道に基づき、事件のあらましを述べれば次のとおりです。
まず、主犯格は2名とみられています。貴族出身の「ハインリッヒ13世」と名乗る男(名家ロイス家の子孫にあたる本当の貴族だそうです)と、ドイツ連邦軍の空挺部隊を指揮していたフォンペスカトーレ元中佐です。彼らを中心として遅くとも昨年11月末、テロ組織が作られ、警察官や軍人も勧誘し、武力によってクーデターを引き起こし、独自の国家樹立を目指していたのだそうです。
12月7日の朝、約3000人の捜査員が全16州のうち11州の計130箇所を家宅捜査し、ドイツ人テロリスト22名と、ロシア人1名を含む3名の外国人支援者を逮捕した由です。首謀者たちは、このロシア人を通じ、ロシアの何らかの組織と接触を試みていたとも言われています。そのほか逮捕者のなかには軍経験者や、現職の裁判官も含まれていました。

大規模な捜査や逮捕により、危機は去ったとみていいでしょうか?

逮捕された25名のほか、さらに27名の容疑者も取り調べ中とのことですので、全貌の解明にはまだ時間がかかるものと思われますが、とりあえず国家転覆計画は未然に防ぐことができた模様です。とはいえ、この事件の背後にはもっと大きなものが潜んでいるように思われます。

それは何ですか?

このクーデター未遂には、「ライヒスピュルガー(帝国市民)」と呼ばれる極右勢力が関与した疑いがあるとのことです。この勢力は戦後の連邦共和国を認めず、ドイツ帝国の復活を求めており、政府当局によると2万3000人ほどのメンバーを擁しているとか。うち1150人は過激派で、約500人は合法的に銃を所有しています(『日経新聞』2022年12月13日)。そしてもう一つ、排外主義的イデオロギーを奉じるドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」も無関係ではないようです。この党は、ウクライナ危機によるエネルギー価格高騰への不満が国民の間に広がると、着実に支持率を上げてきました。大衆扇動型のポピュリスト政党ですが、今回逮捕された現職の裁判官は、「AfD」の元議員でした。したがって、このクーデター未遂は意外と広範な支持層があるのではないかと疑われます。
さらには国際的広がりという観点からも看過できない問題性をはらんでいます。

それはどういうことでしょうか?

「Qアノン」という言葉を聞いたことがあるでしょう。2017年に謎の人物「Q」がネットに投稿を開始し、米国を中心に急拡大したその陰謀論を「Qアノン」と呼びます。この世界は「ディープステート(闇の政府)」によって操られているという妄想なのですが、トランプ前米大統領の支持者たちが賛同し、昨年1月に米連邦議会占拠事件を引き起こしたことはまだ記憶に新しいはずです。ドイツにおける今回の議会襲撃計画も、どこか米国の事例と似ていますが、どうやら「Qアノン」とドイツの極右勢力が共鳴現象を起こし、帝国の復活を狙ったとの見方が有力視されています。

「共鳴現象」といえば、このところドイツだけでなく欧州各国で、極右勢力の台頭が著しいですね。

はい。今年4月、フランスで大統領選の決選投票が行われ、マクロン氏が再選を果たしたものの、極右「国民連合」のルペン氏が4割を超える票を集めたことはご存じのとおりです。スウェーデンでも今年9月の総選挙で、移民排斥を唱える極右政党「スウェーデン民主党」が躍進し、首相を退陣に追い込みました。イタリアでも9月の総選挙で極右の「イタリアの同胞(FDI)」が第一党となり、メローニ党首が首相に就任しています。ちなみにロシア政府は、イタリアでの選挙結果を好意的に受け止め、ペスコフ大統領報道官が「ロシアとの関係でより建設的な姿勢を示せるイタリアの政治勢力を歓迎する用意がある」と述べました(『日経新聞』2022年9月27日)。多様性を否定する排外的、専制主義的な世界観という点で、これら欧州の極右勢力は、ロシア現政権と似た体質を持っていると思われます。しかも彼らは非常に巧妙で、国民の心をつかむ技術にたけています。

具体的に言いますと?

たとえばフランスのルペン氏は、選挙戦にあたって移民の排斥や反イスラムという極右色をおもてに出さず、燃料や電力にかかる付加価値税を下げることを公約し、不況と物価高にあえぐ国民にアピールしたのです。しかしこの公約は、財源の裏付けに乏しく、大衆の「弱み」につけこむポピュリズム(反知性主義的な大衆迎合)的な衆愚政治の典型だったといえます。これは対岸の火事ではありません。日本もうかうかしていると大変なことになりかねません。

それはなぜですか?

周知のとおり、岸田政権に対する支持率は急速に下がっています。国民がこれほど物価高に苦しんでいるのに、防衛費捻出のため増税計画を発表したことが大きな要因の一つでしょう。しかしここで留意したいのは、国民の多くが安全保障上の脅威感を強めており、防衛強化そのものには賛同していることです。現政権への反発は、決して「軍備増強反対」や「平和主義」を後押ししているわけではないのです。
ある意味で政府与党は正直で、防衛は強化したいが財源がないことを率直に認めているわけです。しかしここに、「防衛は大いに強化する。ただし増税は行わない」という都合のいい言辞をまき散らし、国民の歓心を買おうとする政党が出てくれば、国民はあっという間にその支持者になることでしょう。どの党、どの政治団体かということは言いませんが、それが欧州の極右勢力と同体質であることは明らかです。わが国もそのような勢力の台頭を用心しなくてはならないと感じます。
—————————————
河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 21

Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 30