かわらじ先生の国際講座~政府、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有へ

11月25日、日本政府が初めて公式に「反撃能力」(敵基地攻撃能力)保有の方針を明らかにしたと各種メディアが報じました。同日、政府は自民、公明両党の実務者協議の場で、この件に関する説明を行い、概ね了解を得た由。両党はそれをもとに今週さらに議論し合意を目指すとのことで、その合意が、政府が年内に改定する安保3文書(「新たな国家安全保障戦略」、「防衛大綱」、「中期防衛力整備計画」)に盛り込まれる予定とか。わが国の防衛の根幹をなす基本方針が、国会で十分議論されることもなく、政府・与党のみの審議で決まってしまうことに危うさをおぼえます。これは民主主義に反するのではないでしょうか。そもそも反撃能力とは何なのでしょう。敵基地攻撃能力と同じなのですか?

まず、政府が与党の実務者協議で説明した内容は、国民には公表されていません。マスコミは、「反撃能力(敵基地攻撃能力)を巡る政府方針の全容が25日、判明した」(『京都新聞』11月26日)と報じましたが、これは与党関係者からの取材でわかったという意味です。また、「反撃能力」と「敵基地攻撃能力」の関係ですが、マスコミの書き方もまちまちで、たとえば『京都新聞』は「反撃能力(敵基地攻撃能力)」、『朝日新聞』は「敵基地攻撃能力(反撃能力)」、『讀賣新聞』は「反撃能力」、『日経新聞』も「反撃能力」と表記しています。
今春までは、専ら「敵基地攻撃能力」という呼称が用いられていましたが、4月に自民党から「反撃能力」と呼び変えた方がよいとの提案がなされ、それ以来、こちらの呼称が徐々に浸透していったという経緯があります。言い換えの理由ですが、第一に、「敵基地攻撃能力」だと国際法で禁じられている先制攻撃を想起させてよくないという事情、第二に、攻撃目標は「敵基地」に限定せず、もうすこし広域を許容するものとしたいという思惑があります。
実は政府もまだ正式名称を確定しておらず、今月25日の与党実務者協議に提出した案文では「〇〇戦力」と、肝心の部分を空欄にしていたそうです(『朝日新聞』2022年11月26日)。ですが、自民党案どおり「反撃能力」で定着してゆくのではないでしょうか。

「反撃」という以上、日本側から先に手を出すのではなく、攻撃されたら、それに反撃するという理解でよいのですね?

そこが一番の問題なのです。本来、「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の必要性が唱えられるようになったのは、「反撃」では手遅れ、もっといえば防衛できないという認識のためです。世界各国のミサイル技術は急速な進歩を遂げています。もし相手国が極超音速ミサイルや変則軌道ミサイルを用いたら、それを迎撃することは技術上、極めて困難です。そして現に、日本が脅威とする北朝鮮や中国はそうしたミサイルを保持しています。もしそのミサイルによる攻撃を受けたら、わが国は壊滅的打撃を受け、反撃の余力すら残っていないかもしれません。それならば、攻撃される前に、わが国が敵のミサイルを無力化する策を講じねばならない。それが「反撃能力(敵基地攻撃能力)」のいわばキモなのです。

それではやはり先制攻撃となってしまうのではありませんか?

与党内でもめているのもその点です。相手国が日本への攻撃に「着手」した時点で攻撃することは国際法違反ではないとされますが、では、どのような状態をもって「着手」と認識するのか。公明党はそれを明確に定義し、国際法違反でないことを鮮明にせよとの立場ですが、自民党の立場は逆で、あまり明確にしないほうが相手を不安にさせ抑止効果が高まると考えます。現実論としても、「着手」の段階を明確に定義することは難しい事情があります。

どんな事情ですか?

かつて(2003年)石破茂防衛庁長官(当時)は国会答弁で「相手国が『東京を火の海にするぞ』と言ってミサイルを屹立させ、燃料を注入し始め、それが非可逆的になった場合というのは一種の着手だ」と述べました。これなら「着手」は割と明確に定義できます。しかし現代はこれが通用しなくなっています。北朝鮮にしても、固形燃料を使用するようになって、燃料を注入するプロセスが不要になりました。また、ミサイルの発射も軍事基地から行うのでなく、車両や列車や潜水艦に搭載し、どこからでも可能となってきています。そこでもう一つの問題が出てきます。すなわち、敵の基地だけをターゲットにしても攻撃は防げないという問題です。

なるほど、「敵基地攻撃能力」を改称する理由の一つに挙がっていた、もうすこし広域を攻撃対象にしたいというのはこのことなのですね。

はい。自民党案によれば、攻撃対象は相手国の指揮統制機能が含まれます。ミサイルそのものを破壊するだけでなく、その発射を命じる者をも無力化しようというのです。すなわち軍の司令部や政治の中枢(国家元首の所在地)までがターゲットになります。首都攻撃も辞さず、というところまで進みかねない案です。

わが国は岸田首相のもとでも「専守防衛」を堅持していますが、そうした攻撃能力の保有はこの国是にも反しませんか?

政治の中枢まで攻撃してしまったら、もはや「防衛」どころか全面戦争への突入ですね。これに関連していえば、また別の問題もあります。25日に明らかにされた政府方針には、攻撃を米軍と分担するなど「日米共同対処」が明記されています。この「共同対処」には二つの側面があります。第一は、日本本土の防衛のため、自衛隊が在日米軍と共同で「反撃能力」を発動するという側面です。従来は自衛隊が「盾」、米軍が「矛」となって日本の防衛にあたるとされてきましたが、これからは自衛隊も自国防衛のために「矛」の役割を担うことになります。そしてもう一つの側面は、日本自体ではなく米国が攻撃された場合にも、日本は「反撃能力」を行使することになります。

具体的にはどのような事例が考えられますか?

たとえば台湾有事が勃発し、米軍が中国と衝突することになれば、わが国は米軍を加勢するため中国のミサイル基地を攻撃する可能性もなしとはしません。また、北朝鮮が従来のような実験でなく、本当の攻撃ミサイルを発射させる事態になれば、それを日本は攻撃・破壊することになるでしょう。ところで北朝鮮のミサイルは概ね射程が長く、日本列島をはるかに超え、グアム島やさらにその先へ飛んでゆく可能性が大です。つまり米国と北朝鮮の戦いに日本が参戦することを意味します。安保法制の成立後、集団的自衛権の行使は「憲法違反」ではなくなりましたので(わたしはこれを実質上、解釈改憲と見なしていますが)、法的には許容範囲なのでしょうが、他国の戦争に関与することはすくなくとも「専守防衛」からの逸脱です。
さらには「反撃能力」(敵基地攻撃能力)に付随して、米国製巡行ミサイル「トマホーク」の購入、国産の「12式地対艦誘導弾」の改良、「極超音速誘導弾」の配備、核シェルターの整備(『讀賣新聞』2022年10月18日)、ミサイル防衛用の「衛星コンステレーション」約50基の打ち上げ検討(『朝日新聞』2022年10月30日)等々、日本が国防国家への道を直進しているように思えてなりません。その財源にしても、このままでは「幅広い税目」による国民負担が早晩強いられることを覚悟しておく必要があるでしょう。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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