最近、ロシアの軍事行動が目立ちます。しかもその行動が何か不可解です。たとえば6月23日には、黒海を航行中の英海軍駆逐艦「ディフェンダー」に向け、警告射撃を行ったそうです。さらにはスホイ24戦闘爆撃機まで出動させ、駆逐艦の航路に爆弾4発を投下したとロシアのメディアが報じました。ロシア国防省の言い分は、英艦がロシアの領海を侵犯したからだとのこと。一歩間違えば、両国の軍事衝突を招きかねない行為です。ところが奇妙なことに、英国防省は、ロシア側から「射撃は受けておらず、爆弾投下も確認していない」と報じたのです。一体どちらが本当なのでしょう?
英駆逐艦に乗船していたBBCの記者によれば、現場はほんとうに緊迫したようです。ロシアの警備艇が警告を発しながら距離100mまで近づき、上空を20機ほどの戦闘機が威嚇飛行したとのことで、英側も機関砲に実弾を装填するなど一発触発の状態だった由です(『読売新聞』2021年6月26日付)。しかし結局のところ大事に至らなかったのは、ロシア側がぎりぎり警告にとどめたからでしょう。実際に射撃や爆弾投下を行ったにせよ、英艦隊に影響をおよぼさない軍事演習的な性格を帯びたものだったと思われます。
そうだとすると、ロシアの意図が今一つわからないのですが・・・。
実はそこがロシアの狙いなのです。行動の予測が立たない相手ほど恐ろしい存在はありません。本気で一戦を交える覚悟があるのではないかと相手に思わせることによって譲歩を引き出す。それが今日のロシアの対外行動パターンとなりつつあります。
ロシアは3月末、ウクライナとの国境近くに10万人を越える軍隊を配備し、演習を行いました。これは2014年にクリミアを奪取して以来、最大規模の軍部隊の結集で、ロシアがウクライナ東部への軍事介入を準備しているのではないかと危ぶまれました。欧米諸国は懸念を表明し、4月13日には米国のバイデン大統領が電話でプーチン氏に首脳会談を呼びかけました。すると、これが転機となったのか、同月23日、ロシア国防省はウクライナ国境付近に配置していた軍部隊の撤収を表明したのです。
むろん、ロシア側がいつも一方的に軍事行動に出ているわけではなく、欧米諸国への報復という面があることは指摘しておかなくてはなりません。NATOは6月28日から7月10日まで、黒海で大規模な軍事演習「シーブリーズ」を挙行しました。これとタイミングを合わせるようにしてロシアは、「新型で独自の」大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に成功したと報じたのです。ロシアは最新型ミサイル開発の成功を誇示し、欧米を牽制したとみていいでしょう。いずれにせよ、ロシアの対外行動における軍事偏重は様々な点に見て取ることができます。
もう少しその具体例をあげてもらえますか?
6月22日から24日、モスクワでロシア国防省が主催する国際会議「国際安全保障会議」が開催されましたが、そこにはクーデターを強行したミャンマー国軍のトップやイラン軍高官たちが招待されました。ロシアのショイグ国防相は「ミャンマーは確実な同盟国だ」と持ち上げ、ミャンマー国軍のミン・アウン・フライン最高司令官も「我が軍はロシアのおかげで地域における最強の軍の一つになった」と応じました。ちなみにロシアは中国に次ぐミャンマーへの武器輸出国です(『朝日新聞』2021年6月24日付)。ロシアは軍事力をテコに、反欧米諸国(非民主主義国)を束ねようとしているようです。
プーチン大統領は7月2日、外交や安全保障政策の中期的な指針となる「国家安全保障戦略」の改定版を承認しましたが、これは2015年以来、6年ぶりの見直しとなるものですが、その内容をみますと、欧米に対する軍事的な対決姿勢が一段と強まり、自国の防衛能力の向上や核抑止力の強化が鮮明にされています。
ロシアはなぜ、そんなに軍事に傾斜するようになったのでしょうか?
理由ははっきりしています。軍事力以外に、他国に影響力を及ぼせる手段がなくなってきているからです。かつては「資源外交」に力を入れ、ロシアに従わない国には資源の輸出を制限するなどの策を講じようとしましたが、それを行うことは、外貨獲得の約半分を資源に依存するロシアにとっても打撃が大きいことが判明し、有効だとは考えられなくなっています。かといって、中国のように経済支援によって途上国に勢力の浸透を図るためには、財政上の余裕がありません。つまるところ、その強大な軍事力を頼りに、自国の意志を相手国に伝え、押しつけるほかなくなっているのです。
それが日本にも適用されると大変ではありませんか?
現に日本に対しても、そうしたアプローチはなされています。ロシア軍は6月23日、北方領土の択捉・国後両島やサハリンなどで、1万人規模の軍事演習を開始したと発表しました。さらにロシアは、7月7日から9日にかけ、日本の排他的経済水域(EEZ)内にある能登半島沖の漁場「大和堆」を含む日本海で、ミサイルの発射訓練などを実施しました。もちろん日本政府に事前通告はしてきましたが。これらは日米による合同軍事演習への対抗という側面や、日米同盟強化への牽制という一面もあるでしょう。しかしそれとは別に、日本側の注意を喚起しようとの思惑もありそうです。ウクライナ国境付近におけるロシアの大規模な軍事演習が、米国のバイデン大統領を動かし(と、ロシア側は考えたはずです)、米ロ首脳会談を実現させたように、日本海におけるロシアの軍事演習が日本政府の歩み寄りをもたらすことを期待しているふしがあります。事実、安倍首相の退場後、日本側のロシアに対する関心は急速に薄れていますが、ロシアは、安倍前政権が約束した対露経済協力はどうなっているのか打診しているようにも思われます。
われわれとしてはロシアの軍事的圧力に屈するような形で交渉に応じる等、安易にアクションを起こすことは得策でありませんが、ロシア側の軍事的な挑発に過剰反応し、軍事行動をエスカレートすべきでもありません。
現在わが国は、コロナ禍のなかで数多くの困難な選択を迫られていますが、対露外交に関して今一度、戦略を立て直す必要がありそうです。菅政権発足後、はや10ヶ月が経ちましたが、いまだに対露政策の基本が見えてこない点が気がかりです。
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