かわらじ先生の国際講座~米露首脳会談のみどころ

アメリカのホワイトハウスとロシアの大統領府は5月25日、対面による米露首脳会談を6月16日、スイスのジュネーブで行うと発表しました。これはバイデン大統領の呼びかけにプーチン大統領が応じたことによるものだそうですが、なぜこの時期にバイデン大統領はプーチン氏に会おうと考えたのでしょう?

バイデン氏は大統領として初の外遊で、6月11日~13日にイギリスで開かれるG7サミット、翌14日にベルギーで開かれるNATO首脳会議に出席しますので、それらの成果を踏まえつつ、関係諸国とも事前に意見調整をしたうえで、ロシアとの関係再構築を図ろうとしているのでしょう。とはいえ、この数年悪化の一途をたどってきた米露関係を改善させることは、バイデン氏の、というより米国政府にとっての懸案でした。

その点をもうすこし詳しく説明してください

話はオバマ政権時代にさかのぼりますが、オバマ大統領(当時)は、対露関係の「リセット」を目指し、ロシアと新戦略兵器削減条約(新START)を調印し、核軍縮の成果をあげました。本来であれば、さらにその方向を推し進めるはずでしたが、2014年3月にロシアがクリミアを併合し、それへの制裁という形で一気に関係は悪化しました。次のトランプ大統領は、プーチン氏との個人的な関係を軸に、米露関係を立て直そうとしましたが、ロシアによる米大統領選挙への介入問題等によって目論見は頓挫しました。
バイデン大統領はオバマ政権の路線を継承しようとしていますが、人権の観点から、ロシアの反体制派ナワリヌイ氏への弾圧を看過できず、同氏の毒殺未遂事件に関し、プーチン氏を「人殺し」だとする認識を示したため(3月17日のテレビインタビュー)、両国関係は一気に険悪化しました。

 NHKニュース 
米大統領の“人殺し”肯定発言にロシア反発 駐米大使を帰国 | NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210322/k10012928241000.html
【NHK】アメリカのバイデン大統領がロシアのプーチン大統領を「人殺し」だとする発言を行ったことに反発して、ワシントンに駐在するロシ…

この「人殺し」肯定発言については、人権を表看板にするバイデン氏としても、インタビューのなかでそう言わざるを得なかった局面もあったのでしょうが、やはり不本意だったとみえ、4月13日、プーチン大統領と電話会談を行い、対面での首脳会談を提案しています。アメリカとしては、ロシアに歩み寄る現実的な必要性があるということでしょう。

その必要性とは何でしょうか?

今年2月初旬に米露は、新STARTの5年延長で正式合意しましたが、アメリカとしては単に安全保障のみならず財政の面からも、ロシアとの対決は避けたいということでしょう。ロシアとの対立は必然的に核兵器を含めた軍拡競争を招きますが、財政的にもその余裕がないのが実情です。また、現在のアメリカは中国を「唯一の競争相手」と位置付け、台湾問題を始めとしてインド太平洋地域の安定に主力を投入していますから、新たにロシアと事を構えたくはありません。できれば緊密化する中露関係にゆさぶりをかけ、ロシアをすこしでもアメリカ側に引き寄せたいとの思惑もあるはずです。
中東情勢もかかわっています。バイデン政権は、アフガニスタンから米軍を完全撤退することを表明し、4月末から実行に移していますが、同国の反政府組織タリバンにロシアは影響力をもつとされています。米軍撤退後のアフガニスタンを安定させるためには、ロシア側の協力が欠かせません。そして対米強硬路線が懸念されるイランもバイデン政権にとっては頭痛の種です。イランと友好関係にあるロシアを敵に回せば、イランをさらに勢いづかせることになりかねません。イランの核保有はロシアも望んでいませんから、米露が協力する余地はあるわけです。

ということは、米露首脳会談はロシア側にもメリットがあるということですね。

そうです。プーチン政権も対抗上、アメリカに対しては厳しい姿勢を示しています。ロシア政府は「非友好国」のリストを作成し、そのなかにアメリカを含めることを決めました。

しかしこれはあくまでアメリカへの対抗措置という面が強く、実際にはロシアも孤立を欲してはいません。2014年以来の欧米諸国による経済制裁が、ロシア経済を相当疲弊させていることは否めません。新型コロナウイルス禍がそれに追い打ちをかけています。中国経済への依存からも脱却し、欧米との関係を修復するなかで、交易面でも多角化させたいところです。
プーチン大統領にとっての最大の悩みは、国民の心が離れつつあることです。反体制派ナワリヌイ氏の解放を求めるデモも拡大しています。

ロシアでは9月に議会選挙、2024年3月には大統領選挙がありますが、人心を掌握できないプーチン政権の前途は厳しいといわねばなりません。民衆の抗議デモを禁じることができないことからもわかるとおり、中国のように反体制派を抑え込むことはロシアでは困難です。これに国際世論が連動することは何としても避けたいところでしょう。

とすると、今度の米露首脳会談では人権問題が最大のみどころになりそうですね。それ以外の問題であれば、一致点を見出せそうですから。

はい。プーチン大統領としてはいかに人権問題を大きくすることなくアメリカと歩み寄れるかが焦点です。しかしバイデン氏側は、人権問題をうやむやにしたのでは国内世論を納得させることはできません。ベラルーシのルカシェンコ政権が旅客機を強制着陸させた件についても、同政権の支持者であるプーチン氏に厳しい姿勢を示すことが期待されています。
人権問題のクローズアップにより米露首脳会談が決裂するのか、それとも米露ともに面目をつぶさない形で、何らかの妥協点が得られるのか、注目したいと思います。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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