Weekend Review~「眠る盃」

昨年は向田邦子の生誕90周年だったとか。一時は全作品を読み漁るぐらいのファンだったのに、知らなかったとは恥ずかしいです。ご存命であれば卒寿! 驚きです。彼女は脚本家、エッセイスト、小説家として活躍し、天才的でした。特にエッセイは飛びぬけて“素敵”なのです。でした、と書かないのは、いま読んでも古さを感じさせない、いまなお新鮮に伝わり、彼女のいのちを感じるからです。時の流れに左右されない作品は、天賦の才を与えられた人たちの一人なのだと思います。
今回の「眠る盃」は随筆集です。本書の裏の解説には珠玉の、と書かれていますが本当にその通りです。タイトルにもなっている「眠る盃」の項は、人は思い込みで歌や地名を間違って覚えてしまうことがある、ということで、著者も荒城の月の一節、「春高楼の花の宴 めぐる盃 かげさして」を「眠る盃」と覚えこんでいたことと、父親の思い出を絡める一作です。厳格なお父様でしたが、深い人間味も持ちあわせたお人柄が伝わるお話です。
私がご紹介したいのは「字のない葉書」の項です。中学校の国語の教科書にも起用されたとありますが、素晴らしい選択です! 切ない内容ですが、いまの中学生たちにどのように響いたのでしょうか。
戦時中、学童疎開をすることになった妹さんのお話で、先の厳格なお父様が幼いわが子に持たせたはがきの束とその投函にまつわるお話です。書いてしまうと味わいが半減するのでぜひ読んで、行間にひそむ哀しみと戦争のおろかさを読み取っていただければと思います。
ところで、往復の書簡スタイルをとった小説はいろいろあります。いずれここでご紹介したいなと思っている宮本輝の「錦繍」はその代表ともいえると、これは私見です。
書簡といえば大学時代、私は事故で大怪我をしたサークルの先輩のために退院後、お見舞いも度々できない、かといってご本人はある意味、暇で手持無沙汰だろうと、思いついたのが毎日、一枚の絵はがきを投函することでした。まだメール、いや携帯そのものがないころです。私は絵はがきを買い集めるのが大好きで、大量に貯めていたので、その中から毎日選び出し、数行のメッセージを書いて投函。これを1か月だったか、2か月だったか続けたのです。最初は体調を気遣う内容ですが、毎日投函なので、だんだん私の「きょうの出来事」をリポートするような形になりました。その後、社会人になり、勤めていた同僚が入院した際も使ったお見舞いの手法です。いずれも相手は女性で、ときめくような話の展開は皆無なのですが、お二人とも退院後の養生暮らしに小さな楽しみができたと喜んでくださいました。できるだけ楽しいこと、笑えることをネタに選びましたが、たまにシリアスなことも書いていたように思います。
この毎日絵はがきは、向田邦子の「絵のない葉書」がきっかけだったのか、それとも自身の発想だったのかは忘れました。でもメールで用件も想いも一瞬に届けられる時代になっても、「絵はがき」って届くと、心が開きませんか。楽しい内容か、哀しい内容かはそのときどきでしょうが、心が一瞬、ふわっと開く感じ。一枚のはがきには、そんなちからがあるように思うのです。
そんなことを想いながら、改めて読み直した「眠る盃」でした。(ふるさとかえる)


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