
「グリーンハウス」のことが時々ふと頭を過ぎる。酒田にあった映画館だが、50年前の酒田大火(76年)の火元となり焼失、閉館してしまった。
娯楽が次々となくなり町はすたれて行く一方だが、人間にとってかけがえのない文化芸術が消えてしまうのは何ともさみしい限りだ。
当時の酒田の人達には映画の話はタブーだったに違いない。なにしろ、町の中心部全てを焼失した大惨事だったのだから、その忌わしい核心部分には触れたくなかったはずだ。それも今では忘却の彼方なのだろう。
「世界一と言われた映画館」(19年)というドキュメンタリー映画が全国公開されたのは記憶に新しい。ナレーションは故・大杉漣だった。世界一だなんて、こんなド田舎の酒田にあるはずはないのだが、なんとこの「グリーンハウス」のことなのだ。映画通の間では今や伝説の映画館として語り継がれているという。
このグリーンハウスには「小森のおばちゃま」こと小森和子や、「いやぁ映画って本当にいいもんですね」の水野晴郎などの著名な映画評論家が足繁く訪れたという。中でも「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」の独特の語り口で有名だった淀川長治に「世界一だ」と言わしめたことで全国に知れ渡ったということだった。氏はこれ程のデラックスな設備は大都市東京にも世界中のどこにも見たことがないと言ったそうだ。
子どもだったおれは何も知らなかったが、ロードショーは東京と同時上映で東京と酒田とのタイムラグがなかった。とにかく豪華で夢のような場所だったことは、中高生の頃にお世話になったのでよく覚えている。
入口は東京でも当時は珍しい回転扉で、ぼんやりしていると一回転して元の外へ出てしまう。だから入いる時は緊張する。中へ入いるととってもいい薫りが漂ってくる。東京虎の門のコクテール堂という高級コーヒー豆を使用した喫茶スペースがあるのだった。通路には赤いジュータンが敷いてあり、まるで入ったことのない高級ホテルのようで、両側には高級バッグや洋服が飾られている。館内に入いればビロード張りの椅子。上映ベルの代わりにグレンミラーのジャズの名曲「ムーンライトセレナーデ」がしっとりと流れて幕が開くという按配だ。
更に、2階には10数人しか入いれない名画専門の「シネサロン」という小劇場があり、飲食しながら寛げる。このように音響から装飾、トイレの設備までが超一流。至れり尽くせりのサービスを提供していたのだった。
前述の「世界一と・・・」のドキュメンタリーでは当時の映画ファンが懐かしい思い出を証言している。皆すっかり高齢になっていて、映画とは関係のない酒田自慢になってしまうのだが、酒田弁の方言がきつすぎて何を言っているのかさっぱり分からない。でも、おれにはそれがまた微笑ましくもあり、何とも落ち着いた気持ちになれた。
グリーンハウスの支配人は佐藤久一という酒田では有名な人だ。この人の生涯を綴った本が10年に刊行されている。「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」(岡田芳郎著、講談社刊)。やたらと長いタイトルだが、読み出したら止まらなくなる。あまりにも面白くておれは何冊も買って本好きの友人に送ったくらいだ。
このタイトルにあるフランス料理店とは、佐藤久一が「ル・ポットフー」というレストランの支配人でもあったのだ。店は文学者の山口瞳、開高健、丸谷才一らの文豪にも絶賛され、日本を代表する写真家・酒田出身の土門拳も常連だったという。
こうして、映画ファンや食通を唸らせ熱狂させた佐藤久一。一言で言えば、何でも最高のものでないと気が済まない男だ。金に厭目はつけない。信じられない程の豪快な散在ぶりだったのだ。それが出来たのも、家は「初孫」という酒田一の造り酒屋で酒田代々の名家の長男だったからだ。資産家でなければ出来ないハチャメチャなお坊ちゃま人生。とにかく、ひとを喜ばせたい一心で夢とロマンを追い続け、思いの限りを尽くしたのだと思う。ガンを患い、97年67才で生涯を閉じた。
ル・ポットフーの今現在は酒田駅前に数年前に完成した「ミライニ」という図書館が併設されたホテル内に移転して弟子たちが引き継いでいる。相変わらずお金持ち達に愛され続けていると聞く。
佐藤久一を悪く言うつもりは毛頭ない。自分だけの世界に生きた幸せな人だったと思う。本には超美男子で魅力的な写真が載せてある。ある意味「孤独」だったのではなかったか。何人ものお妾さんもいたという。
今回のタイトルはこれしかない。「ひとりぼっちのあいつ」(66年)にした。
🎵「彼はほんとにぼっちなんだ
ぼっちの酒田で
自分だけの世界で思うがままに」。
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