身近な人が死んだ冬

イラスト:秋山ののの

身近な人が死んだ。人が死んだら悲しいのはわかっているけれど、自分は、やはりひどく驚いた。突然の死。いや。苦しみ、悩みはわかる、そこに存在していたことは知っているが、人はそんなには自分で死を選ばないものだと思い込んでいた。
生きていた間、ずっと苦しみとともにある、という人がいる。十歳にならない頃から不登校、そして引きこもりのまま六十歳になる人。幼い頃から親の虐待を受け、PTSDを発症したまま老年まで至る人。「ふつう」だと自分のことを思って暮らしている人からすれば、想像を絶する苦しい生だ。いや、その生の中にも幸福を人は見つけるものだ、とか、人は感謝を見つけた時に心の平安は来る、とか、反論はいろいろ用意されていて、人生や社会はハッピーエンドなのだ、大団円が現実だ、と申し立てる人の方が多いだろう。
しかし。私は、いろんな場で、いろんな立場で、そんなのんびりしたことはやはりどうにもあてはまらない事例があることを知る。もちろんそれは全てではない。多数か?統計的にどれくらいの割合がこういう人にあたるのか、把握してるわけでもないし、そういう統計調査も存在していない。しかし、「量的分析」ではない「質的分析」という方法が心理学研究では重要なものとされている。私は世の常識には生存者バイアスというのは確かにある、と感じていいのだと思っている。

人は、人生や社会がハッピーエンドだ、と感じるから、人生を継続できるだけで。感じない人は人生から立ち去っている。だから言説として残るのはどうしても生き残る側の発言だ。去る人のではない。言説が集まり、常識ができる。生存者が生存者だから持っている偏りが、バイアスが、定説の中には含まれている。

去る人の意見や思考は、少数派の声だから埋もれる。そして、否定される。
私はと言えば、その否定される声と、多数派の声との間を行き来している感じでいる。死のうとする人と生きようとする人のはざまで聴いている人。そして、私の意見も漂い、動揺する。時々は自殺肯定派に偏る。生きていけない、という感情になった時、人はだれでも死を自分の選択肢として選び取る権利はあるのじゃないか、と。あるべきではないか、と。欧米ではいろんなハードルは設けながらも様々な国で「自ら安楽死を選ぶ権利」が法によって保障され始めている。私はいろんなハードルもなく、安楽死を人が選ぶ権利は与えられていいと思っている。
もちろん、日本では安楽死合法化の動きはひどく小さい。そういう問題に肉薄するドキュメンタリー番組がNHKなどでつくられることがあっても、必ず「生を選ぶ人」が肯定されることになっている。ALS(筋萎縮性側索硬化症)でも「末期に人工呼吸器をつけない選択=自死の選択をする患者」は、暗い、絶望に負けた、どうにか防いであげたかった、あってはならない存在、というニュアンスが映像の端々に漂う。「人工呼吸器をつけ、一切の意思疎通の方法を失う数年間だが、そうした延命をする人」のほうが人の道、望ましい、希望のある、明るいことだとされる。

死なれた側の迷惑、まで言い立てる人もいる。それは確かにあるだろう。残された借金、事故物件にされた家屋、残された人の心に巣食う罪悪感、そして自死は、これ以上ない強さで周囲の友人たちへの否定の意思表示となる。私はあなたのことを信用しません。だって私はあなたの言動、ふるまいは生きていくには足りないんだから、と。拒絶、と言い換えてもいい。近い誰かにそんなに強く否定されるような体験はだれだってめったにないから、強い衝撃が、残された人にはやってくる。それによって遺族は傷つく。被害者感情として傷つける人に対して憤りも湧く。けれど死者はきっとこれ以上の苦しみがあったのだろうと考えるから、その憤りは肯定できない。表出などとてもしにくい。それまで否定された感覚がおなかに残り、渦を巻いてわだかまるのだ。そのわだかまりは、さわやかに解消されることがない分、どうしても内向化し、遺族の中に自己否定、自己評価の低下をもたらす。あの子にとって私は価値がなかったのだ。私は価値がないのだ、と。自死の連鎖はきっとそういう葛藤の中で生じるのだろう。


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