1995年1月16日の朝、何時に起きて何を見て何を話したかは、全く思い出せません。でも、1995年1月17日の朝のことは31年経つ今でも、目覚めたときの感覚や見た光景、話をしたことが鮮明に思い出されます。
あれから31年。阪神淡路大震災から、ずいぶんと時間が経ちました。でも、まだそんなに時間がたっていないようにも感じます。私は被災地からは少し離れた場所に住み、揺れや家具の転倒はありましたが、神戸エリアや淡路で被災された方の経験とは、違うものだと思います。しかし、そんな私でも、振り返ると当時の怖さや衝撃はしっかり思いせますし、この時期になると毎年自然と思い出されます。
このコラムでは、防災の準備を呼びかける記事を繰り返し書いてきました。阪神淡路大震災以後、大きな被害を出した地震はいくつもありました。自然災害は地震だけではなく、台風や大雨、土砂崩れなどが起こり、そこにいる人々の生命や健康や経済を脅かしたり奪ったりしました。自然の猛威に恐れおののくと、一体、人ができる備えなんてどれほどの役に立つのかと思うこともありますが、それでも、やはり、できるだけの備えはしておく必要があるのだと思います。
また、災害について語り継ぐことも大切です。その役割は、一つは犠牲になった人たちのことを想う人間らしい温かさの側面があると思いますが、もう一つとして、何が起こり、どうすれば助かったのか、どんな犠牲があり、何がどうだったのかという、今後にもう一度似たようなことが起こった際に役立つ知恵を受け渡していくことです。
洪水が発生しそうな際に避難指示が出されますが、早くに避難行動をとった人と、それが遅かった人について、災害の経験の有無と、災害や防災に関する知識(防災リテラシー)の有無について関連を調べた研究があります。そこで分かったのは、被災経験があると避難行動が早くできているということと、防災リテラシーがあると避難行動が早くにできていたということでした。早めの行動が命を守ることを考えると、誰もが経験をすれば、早く行動することの大切さがわかるのかもしれませんが、被災を実際にしてみるというのは現実的ではありません。それに比べて、防災リテラシーを持つことは、それぞれ一人一人が関心をもって取り組めば可能です。
防災リテラシーを持つということは、過去の経験に学び、自然や現象に対する知識を持ち、自分の生活を振り返り、想像し、命と暮らしを守る行動を考えられるようになることにつながるでしょう。知って学ぶためには、この土地でこれまで何が起こったか、どうなったのか、人々はどのような行動をしたのかを知ることは大切だと思います。
日本ではいろんな自然災害がおこります。危機を経験したことを、次の世代に伝えることは、経験者ができるこれからの未来を生きる人への、備えの一つです。覚えている間に、伝え、聞ける間や行ける間に見聞きしに行き、考えていかなければなりません。
明日は1月17日。平和な時間が過ごせますように。
