かわらじ先生の国際講座~トランプ大統領の「モンロー主義」

画像なし1月3日未明、米軍がベネズエラの首都カラカスへ大規模な攻撃を行い、マドゥロ大統領とその妻を拘束し、米国へ移送したと報じられました。同日午前、トランプ大統領はへグセス国防長官、ケイン統合参謀本部議長、ルビオ国務長官とともに記者会見を行い、軍事作戦の経緯や成果を語りました。

新年早々に大変なニュースが飛び込んできてびっくりしましたが、なぜ米国はこのような軍事行動に出たのでしょうか?

その理由については、トランプ大統領が記者会見のなかで縷々論じていますが、要するに反米的なマドゥロ政権を実力行使により転覆させることが目的だったと言えます。

画像なししかし一国の大統領を米軍部隊が捕らえ、そのまま米国へ連行するということが法的に許されるのでしょうか?

マドゥロ氏は第一次トランプ政権下の2020年、米国に大量の麻薬を流入させた罪などで起訴されています。そして彼が米軍により拘束された今月3日、米司法長官は内容を更新した起訴状を公表し、新たに妻も被告に加え、近々米国内で公判も始まるようです(『讀賣新聞』1月5日)。トランプ政権はベネズエラの麻薬組織をテロ組織に指定し、ベネズエラを「麻薬テロ国家」と呼んできました。そして昨秋以降、麻薬運搬船とみなしたベネズエラの船を繰り返し攻撃したことは周知のところでしょう。2024年にベネズエラで行われた大統領選も不正であるとの訴えが国内外から上がっていましたが、トランプ政権もマドゥロ氏を正当な大統領とは認めていません。つまりトランプ政権にとってマドゥロ氏は麻薬犯罪の首謀者でありテロリストであって、その逮捕は合法であるとみなしているのです。

画像なしですがマドゥロ氏が麻薬テロにかかわっている証拠は上がっていないと聞きます。トランプ政権には麻薬の流入を防ぐということ以上の目的があるのでは?

その通りです。そしてトランプ大統領もその理由を記者会見のなかで隠さずに述べています。それはベネズエラにおける石油利権の回復です。ベネズエラは世界最大の石油埋蔵国で、その量は世界の2割を占めると言われています。米国の企業はインフラ投資を行い、多くの利権を得てきましたが、1999年に反米左派のチャベス氏が大統領に就任すると資源関連企業の国有化を進め、米国の影響力を排除する政策をとるようになります。そして2007年に複数の米企業から石油利権を奪ってしまいました。
チャベス大統領の死後、マドゥロ氏が大統領として反米左派路線を引き継ぎますが、石油価格の下落とインフレの高進、そして独裁強化等々により政治経済ともに混迷し、ここ十数年の間に、約800万人(人口の4分の1に相当します)の人々が国外に脱出しました。トランプ大統領も言うように、たしかに「破綻国家」の様相を呈していたのです。こうしたベネズエラに接近したのが中国、ロシア、そしてイランといった米国と対立する国々で、特に中国はベネズエラが供給する石油の約8割を購入していました。トランプ大統領はマドゥロ政権を倒し、ここに親米政権を打ち立てて、中国、ロシア等の影響力を排除し、石油利権を一手に握ろうと考えているのでしょう。

画像なしつまるところ、トランプ政権にとってベネズエラの石油利権の回復が真の目的だったということでしょうか?

トランプ政権にはもう少し大きな構想(いわばグランドヴィジョン)があるようです。米国政府は昨年12月4日、「国家安全保障戦略」(NSS)を公表しました。米国の外交・安全保障政策の根幹を記した文書です。その全文は米ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されています。

けっこう長い文書ですが、そのポイントをかいつまんで言えば、米国が世界秩序を支える時代は終わり、これからは核心的な国家利益に焦点を絞ることが必要だと唱え、とりわけ南北米大陸を含む西半球に力を傾ける路線を鮮明にし、これを「モンロー主義のトランプ的コロラリー」(The Trump Corollary to the Monroe Doctrine)と名づけました。「コロラリー」の和訳は少々厄介ですが、「必然的な帰結」といった意味合いでしょう。簡単にいえば「トランプ型のモンロー主義」といったことになるでしょうか。

画像なしモンロー主義とは何ですか?

1823年に当時のモンロー米大統領が発表した外交理念です。米国はヨーロッパ諸国に介入しないが、ヨーロッパ諸国が南北米大陸に干渉することも拒否するという考え方で、米国の「孤立主義」とも言われます。米国は第一次世界大戦に参戦しますが、その後はモンロー主義に復帰しました。
しかし第二次世界大戦を機に世界政治の中心に躍り出て、冷戦時代は「世界の保安官」的な役目を果たしてきました。ソ連が崩壊し、冷戦が終わると、米国一極体制の時代を迎えますが、経済的な低迷、中東における反米運動、中国の台頭等々のなかで疲弊し今日に至っています。トランプ大統領はモンロー主義に立ち返って、西半球を中心に再び国力を盛り返す戦略をとろうとしているのです。

画像なしそれは国際政治にいかなる影響を及ぼすのでしょう?

第一に、西半球に対する米国の覇権追求は強まるでしょう。トランプ大統領が執心するグリーンランドも西半球に含まれます。トランプ氏がカナダに対し、米国の51番目の州になるべきだと述べていることもジョーク以上の重みを帯びてきました。キューバやコロンビアなど、ベネズエラ以外の中南米諸国への米国の野心も見え隠れしています。
第二に、米国と同様の勢力圏獲得の動きが広がっていく懸念もあります。米国が独自のモンロー主義を掲げ、西半球を自らの勢力圏とすることは、裏を返せば、それ以外の地域には干渉しないということを意味します。たとえば台湾を始めとする東アジアは中国の勢力圏、ウクライナを含めた東欧はロシアの勢力圏といった考え方を米国が容認すれば、世界は帝国主義の時代への逆戻りです。いや、ほんの一握りの大国によって世界が支配されるとなれば、それこそジョージ・オーウェルが描いた「1984」の現実化です。トランプ大統領が米国と中国による世界の二極体制を肯定するような「G2」という言い方をしているのは不気味です。

画像なし世界は米国、中国、ロシアだけではありません。それに中国もロシアも国内に難事を抱え、対外進出する余裕もそれほどあるとは思えません。数国による世界の寡頭支配は現実には無理なのではありませんか?

たしかにそうです。しかしトランプ大統領のような世界分割的な世界認識の表明は、他国の疑心暗鬼をもたらし、結果的には自国の安全は自国で守るしかないという意識を各国の国民に抱かせることになるでしょう。欧州も米国に依存しない安全保障の再構築に向かうでしょうし(現にNATOは2035年までに国防費をGDP比5%に増額することで合意しました)、日本も米国に依存できないとなれば、いよいよ本気で核保有すべしという論調が高まりかねません。
トランプ大統領は今月3日の記者会見で、自らの「モンロー主義」を自賛し、「ドナルド・トランプのモンロー主義」という意味で、「ドンロー主義」という言い方をしましたが、こんな言い方が流行らないことを願います。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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