ふと思い出した事件がある。
それは葛飾区の東部、高砂でおきた事件だった。
団地で、老老介護の男性が妻を絞殺するという痛ましい事件。
背景に団地の建て替えが絡んでいた。
高砂4丁目には、広大な都有地があり、高度成長期に都営団地が建設された。
最大で54棟に1200世帯もが暮らしたマンモス団地。が、建て替えで当初の建物はほぼ取り壊され、住民は新しく建った高層棟などに転居した。
当の夫妻も、事件の6年ほど前に11階の棟に移った。そして2017年7月20日、男性は妻を殺害。妻本人から頼まれて、殺したという。
「老老介護 団地で孤立」と題する2017年8月19日付東京新聞には、「以前は近所同士で食べもののお裾分けもしていたが、団地の建て替えで部屋が離れてしまった。もっと近所づきあいをしておけば…」、との、夫妻と親しかった女性の談話が載っている。
調べてみると、この団地建て替えはもっと広範囲に区が進める、「高砂駅周辺まちづくりプラン」の一部だった。団地は駅からそれなり距離があるのに、驚きである。
団地を高層化→空地が増える→そこを「防災拠点」にする。2016年の「高砂地区開発協議会ニュース」（高砂地区開発協議会発行）には、「安全・安心なまちづくり」という見出し語とともに、この団地建て替えを伴う「開発」の、そんなビジョンが記されていた。
災害に備えての安心・安全、高齢社会を見据えてのバリアフリー化、・・・・・・自治体が絡む大規模開発には、いつもこんな、反論を封じるような美しい名目が掲げられる。けれど開発や建替え、高層化には、上述のような「孤立」という大きな落とし穴が潜んでいる。
京成立石駅北口地区の再開発は、「細街路」「老朽化」「木造家屋密集」といった「悪」を除去、そして「防災性の向上」「居住環境の改善」「安心・安全」、そんな「善」を目指して進んでいる。
この「安心・安全」目指す事業に伴い、対象地域の小さなお店は廃業や移転を余儀なくされ、住んでいた住民も散り散りになった。
コラム「立石のこと４」でガイドをつとめてくれたM氏は、除却対象のアパートに住んでいたため、追い出され、別のアパートに引っ越した。そこは駅からもっと離れた、やはり「細街路」「木密地域」のどん詰まりにあるアパートだ。
もちろん今後もとの場所に36階建てのビルが建っても、予算的に彼がそこに入居できるわけはなく、再開発しても「安心・安全」は区民である彼にとって何一つ解決しないことになる。
そしたら、「居住環境の改善」とは、「安心・安全」とは、一体誰のためのものなんだろう？
こんな事業を支えるため、区は湯水のように税金を使う。税金を投じやすいように「区庁舎移転」まですることにして。
9月19日、その不正（前回コラムで詳述）を暴き訴えた我ら住民訴訟に対し、東京地裁は判決を下した。
主文
１ 本件訴えのうち、別紙2却下部分目録記載の部分を却下する
２ 原告らのその余の請求を棄却する
３ 訴訟費用は原告らの負担とする
これだけ告げて、大勢の傍聴人の前から、あっという間に裁判官たちは背を向け消えた。
傍聴席から誰かが「それだけかよ！」と叫ぶ。裁判慣れしてない私たちの耳には、ただ「却下」「棄却」というイヤ~な言葉だけが残り、なんともやり場のない気持ちで皆ぶつぶつつぶやきながら裁判所をあとにしたのだったが・・・。
この判決は意外にも、最悪ではなかった。
これから我々が前に向って進んでいける、一筋の光明を含んだものだということが、判決後の弁護団による説明で、わかったのだった。（つづく）
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塔島ひろみ＜詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長＞
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』（出版研）『鈴木の人』（洋泉社）など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。
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新潟市美術館で来年1月24日（土）から3月22日（日）まで行われる「開館40周年記念 路傍小芸術」で「車掌」が展示されます。
