旧姓使用拡大が「本気」なら、選択的夫婦別姓より強力な「戸籍制度破壊」なのでは?

6-7年前のことになりますが、大阪市内の小さなパスタ屋さんで昼食をとっていました。女性の料理人が一人でやっているお店で、壁に彼女の調理師免許状が貼ってあり、発行者欄に「大阪府知事 **房江」とありました。「大阪にそんな名前の知事さんいた?」としばし考えこみ、「太田房江さんだ」と気づきました。選択的夫婦別姓が認められていない社会では、女性はこんなふうな仕事の仕方を強いられるのだと、強く感じた瞬間でした。
私は現在、大学教員として仕事をしています。研究者の最初のキャリアである大学院生をしていたのは、25年ほど前になります。その頃は「海外の学会で発表する」ことが今ほどは盛んでなく、研究者としての業績づくりは一部の業界を除くと、基本的に国内に閉じていました。そのため、結婚している女性の研究者が、パスポートに書かれている名前と、研究発表をするときに使う名前が異なることに対する不便は、比較的少なかったと思います。けれども今は、状況が全く違います。
選択的夫婦別姓が認められていないのは日本だけです。研究発表を行う名前とパスポートの名前、学会参加費等を支払うクレジットカードの名前が異なるという状況は、海外の人には理解不能で、本人確認ができません。これは非常に不都合なことで、女性は事実上、「結婚しない」か「研究者のキャリア形成上の不利を甘受する」かの選択を迫られます。
選択的夫婦別姓を導入したくない高市政権は、旧姓を通称として使用できるように法律を変えると言っています。


研究者に限らず、海外でも仕事をする人は多くいます。海外と仕事をする場合でも使える「通称使用拡大」には、「パスポートを通称で発行」「クレジットカードを通称で発行」「預金口座を通称で開設」の3つが最低限必要です。職業によっては、不動産の売買や貸し借り、融資や借入が通称でできることも必要です。仮にそこまでやるのであれば、私個人は「旧姓の通称使用拡大」に賛成しても良いのですが、懸念は2つあります。
選択的夫婦別姓反対の人たちは、戸籍制度が無くなることを恐れるようです。けれども、通称使用がここまで拡大するなら、戸籍に記載されている事項(名前や本籍地など)を使う必要が全くなくなります。つまり、戸籍制度は実質的に破壊されます。本当に良いのでしょうか?(私は構いませんけどね…)ちなみに選択的夫婦別姓であれば、戸籍制度はしっかりと残ります。
もう1つは、シンプルに危険だということです。一人の人間が「法的に認められた通称」と「戸籍上の名前」を持つことで、現在は抑止されている様々な不正等をやりやすくなります。だからこそ、産業界も夫婦別姓の導入を求めているわけです。このあたりの詳細は、こちらの朝日新聞の社説に掲載されていました。

「旧姓の通称としての利用可能性を広げる」という政策は、「中途半端な拡大で役に立たない」か「完璧に拡大して社会に混乱をもたらし、戸籍制度も破壊する」かのどちらかの結果になりそうに思います。
———————————————————————————
西垣順子<大阪公立大学 高等教育研究開発センター>
滋賀県蒲生郡日野町生まれ、京都で学生時代を過ごす。今は大阪で暮らしているが自宅は日野にあり、いずれ帰る日のための準備を模索中。老若男女、多様な背景をもつ人たちが、互いに互いのことを知っていきながら笑ったり泣いたり、時には怒ったりして、いろんなことを一緒に学びたいと思っている。「地域がつくる子どもの居場所(サードプレイス):不登校になっても孤立しないまちづくり」(晃洋書房)、「学生と考えたい『青年の発達保障』と大学評価」(晃洋書房)(いずれも共編著)など。


Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 21

Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 30