
東京から10時間かけてなんとか辿り着いたロバの本屋への訪問が終わった。
目的を達成しあとは帰るばかりだけど、帰るのも10時間かかるので、俵山温泉で一泊した。
それは「さくま旅館」という小さな宿。
ロバの本屋同様、ただの古い家、みたいな外観である。

が入ってみると外観からの想像を上回る風情があり、古い階段をのぼって「萩」という部屋へ案内された。4畳半だ。そこにすでに布団が敷いてあるので、とても狭い。狭い中にお茶とお菓子がおままごとのように丁寧にセットされている。
お風呂はここで券を出すので、それ持って「町の湯」で入る、という仕組みを、旅館のおばさん(おばあさん)が教えてくれる。そしてお風呂上がった頃の18:30にここに食事が来るという。
そして私はまだ暑いぐらいなんだけど、「寒いから暖房つけて」とおばさん(おばあさん)は言った。
少し宿のなかを探検する。ただの家ぐらいの大きさなのに、客室は10室も作ってあった。そして全員が食べる大広間はなく、お風呂もない。トイレは同じ2階に2つあった。どっちも、非常に狭く、身動きが非常に取りづらい。もとは和式だったんだろう。
「町の湯」へ行った。とても久々の公衆浴場。多数の旅館から客が殺到する大浴場かと思いきや、ここも狭い。使える洗い場は6人分くらいで、客は4,5人。一番奥に行き、ちょろちょろのシャワーで体と髪の毛を洗い、湯につかる。ぬるめで、ぬるぬる水質で、気持ちいい。
つかってる間、何故か湯員が服着たまま登場した。そして私がタオルと石鹸とカギを入れたまま洗い場に置いている桶を片づけてしまった!
それから湯員(という名称かは知らないけど)、しばらく同じ場所に立ったまま考えている風。考えがまとまったようで、今片づけた桶を戻し、そして今度は私の使ってた何も入っていない方の桶を片づけた。
私は桶を2つ、一つは洗面用、一つはタオルや鍵やらの物置用に、使っていたんだけど、ここでは1人1桶の厳しいルールがあり、それを監視・取り締まる湯員がいるのか?
そんな謎のことがあったけど、温泉は気持ちよく、旅の疲れは癒された。

夕ごはんはその狭い4畳半に、お膳に乗ってやって来た。ご飯、あさり汁、タケノコ青菜和え。刺身(イカ・マグロ、ハマチ、鯛かスズキ+大根・ワカメのツマ)、天ぷら(ワカサギ、ナス、シイタケ+謎の山菜)、鍋(すき焼き)、ごま豆腐、デザート(イチゴ・キウイ)。1人用の小さな机にごちそうを並べ、お殿様になった気分だ。全部とってもおいしかった。
食後、外に行ってビールを買い、飲みながら今日の記録をつける。
近くの部屋からじじばばの大騒ぎが大音量で聞こえてくる。うえ、これじゃうるさくて寝られないよぉ・・って思ってたら、突如大騒ぎがぴたりとやんだ。時計を見ると8時半ジャスト。急に静けさが訪れ、以後騒ぎが復活することはなかった。
ここではじじばばは8時半就寝、という厳しいルールがあるのだろうか?
私もじじばば。30分オーバーの9時に寝た。
そして5時起床。寒い。
きのうはずっと暑くて、2枚重ねで着てたシャツが汗臭くなったので、使用済みタオルとかと一緒の袋に突っ込んでしまった。濡れてるので着れないけど、今、寒い。ここに来て初めて、寒さを感じた。おばさん(おばあさん)の言葉を思い出し、暖房をつける。
朝ごはんもお膳の部屋食。ごぼうと人参の和えもの、塩鮭おろし添え、目玉焼きレタス添え、焼のり、漬物(大根、梅干し、白菜)、豆腐とネギと舞茸のみそ汁、ご飯。
食器さげに来たとき集金があり、8000円払う。

宿を出たすぐのところに「三猿まんじゅう」を売ってるお土産屋さんがあり、入ってみた。見てると「今焼けたばかり」と、猿まんじゅう1個、食べさせてくれた。アツアツで、おいしい。これが1個40円。
それ10個、最中4、たまごせんべい3個、お土産に買う。
バス停に行き、バス待ちの間近くを散策し、神社に建つ「村田青楓」についての説明板を書き写す。知らない人だが、「幕末長州藩の礎を築いた先賢」で、「節目節目に俵山に逗留し、風俗や山野を愛で、里の者との交流を持」ち、「俵山温泉日記」を記したという。

説明板にはこんなくだりもあり、「三猿まんじゅう」の由来がわかった。
「俵山温泉は千百余年前の平安時代(916年・延喜16年)に薬師如来の化身とされる「白猿」の教えにより発見されたと伝えられている」
まんじゅうの猿はまんじゅう色(茶色)だけど、ホントは「白猿」で如来なのだ。また、「竹の子や 末は御簾とも足駄とも」という俵山を詠んだ青楓の句も書かれていて、昨日食べた竹の子を思い出した。
湯桶強制撤去の謎については、書かれてなかった。
帰りは駅まで行かず、「門前」というバス停で降りる。そこから新山口行きの直通バスが出ているのだ。

バス停そばには「音信(おとずれ)川」というしゃれた川があり、少し川眺めながら川沿いを歩く。
そしてバス停前に戻りバスを待つが、時間になってもバスが来ない。
不安になる。思えばバス停前は営業所のくせに営業してないし、バス待ち客は私のほかに誰もいない。直通バスがある、はニセ情報か私の思い違いかも・・・。
バス会社に℡。すると
「乗るお客様が多くて、時間がかかっているのかもしれない」と説明される。大丈夫のようだ。

バスは5分遅れで到着した。「乗るお客様が多くて」遅れたはずだけど、乗り込んでみると、中にはたった1人のお客様だけが座っていた。
私が乗り乗客2人になったバスは、秋吉、別府など通って、黙々と走った。途中のバス停でも乗る人はなく、最後まで私とその人だけだった。
車窓から、時折、民家に高々と鯉のぼりがなびいているのを見て、なんだか涙が出そうになった。(おわり)
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。
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