今秋に入り、ロシアとNATOとの軍事的緊張が一段と高まっているように見受けられます。ロシアがウクライナへの侵略にとどまらず、NATO諸国へも軍事的な挑発行動をとるようになってきました。
ポーランド政府によれば、9月10日にロシアの無人機(ドローン)19機がポーランドの領空に侵入し、内3機を撃墜したとのことです(『讀賣新聞』9月11日)。なお、NATO領域内でロシアのドローンが撃墜されるのは、2022年のウクライナ戦争開始以来、初のことだそうです。また、9月13日にはロシアのドローンがルーマニアの領空を侵犯したと同国国防省が発表しました(『讀賣新聞』9月15日)。さらに9月19日には、エストニア外務省がロシアのミグ31戦闘機3機によるエストニア領空侵犯を確認したと発表しました(『日経新聞』9月20日夕刊)。ロシア側はなぜ立て続けにこのような軍事的挑発行為を行ったのでしょう?
まずポーランドに対する領空侵犯の件ですが、ロシア国防省は「ポーランド領内の攻撃目標は計画されていなかった。だが、この件に関してはポーランド国防省と協議を行う用意がある」と発表しました。また、ロシア軍が9月10日に長距離兵器とドローンを用いてウクライナの軍事産業施設への大規模攻撃を行ったことは認めつつも、「その最大飛行距離は700キロメートルを超えない」として、ポーランドの領空侵犯はしていないともとれる言い方をしています。
【ロシア国防省がポーランドで撃墜のドローンをめぐる状況をコメント】
ロシア国防省は「ポーランド領内の攻撃目標は計画されていなかった。だが、この件に関してはポーランド国防省と協議を行う用意がある」と発表した。… https://t.co/32sVkffehO pic.twitter.com/LlYGeKPZqW
— Sputnik 日本 (@sputnik_jp) September 10, 2025
この問題に関して、9月12日に国連安保理事会緊急会合が開かれましたが、ロシアのネベンジャ国連大使は国防省の発表を繰り返しました(『讀賣新聞』9月14日)。しかし、ロシア側は領空侵犯が事実に反すると明確に否定したわけでなく、むしろその主張の重心は、ポーランドへの攻撃が目的ではないというだと受け取れます。だからこそ「ポーランド国防省と協議を行う用意がある」という発言が出てきたのでしょう。それとポーランドとNATO側の断定や、破壊されたドローン写真などを見ても、ロシアによる領空侵犯の事実は揺るがないと思います。
とすれば、やはり問題はなぜロシアがこうした軍事的な挑発行為をとったのかということになります。この件では各種メディアや識者がいろいろな推測を述べていますが、大きく分ければ2つになろうかと思います。1つめはNATOへの警告ないしは恫喝です。これ以上ウクライナへの軍事的加勢を続ければ(特に地上軍をウクライナへ派遣するようなことになれば)NATO領域も戦場にするぞ、だからウクライナから手を引けという意思表示です。2つめはNATOの防空体制がどのようになっているか探りを入れたということではないでしょうか。その観点からすれば、ルーマニアやエストニアへの領空侵犯も同様の目的をもっていたと考えられます。
で、ロシア側はその目的を達することができたのでしょうか?
そのへんの判断は難しいところです。まず1つめに関していえば、少なくとも目に見える形では、NATOはロシアに対抗すべく一段と結束を強めました。9月11日、ウクライナ、ポーランド、リトアニアの外務省は、防空体制の確立のために協力していくとの共同声明を出しました。同日、フランスとドイツも、戦闘機配備を強化し、ポーランドの領空防衛のため助力することを発表しました(『日経新聞』9月13日)。さらにNATOのルッテ事務総長も12日、ブリュッセルのNATO本部で記者会見を行い、ロシアに近い欧州東部の防衛を強化する新たな枠組みを創設する旨を明らかにしました。

そうとも言えないのです。第一は米国の反応です。トランプ大統領は9月12日、ロシアのドローンによる領空侵犯は故意ではなく、ロシアのミスだったかもしれないとロシア寄りの見解を述べ、ポーランドの首相から異例の反論を受けました。またトランプ大統領は13日、SNSに「すべてのNATO加盟国がロシアから原油輸入をやめたとき、ロシアに大規模な制裁を科す用意がある」と投稿しました(『日経新聞』9月14日)。実はNATO加盟国であるハンガリーとスロバキアは、ロシア産原油の主要な輸入国で、ロシアからの輸入に頼らなければ経済が立ちゆきません。トランプ氏の発言は、そのことが分かった上でなされたものです。つまり、米国はあくまでもロシアとの決定的な対立を避けようとしていることが明らかなのです。また、先述したハンガリーとスロバキアはNATOの中でもロシアに対し宥和的な国ですし、他の国々においても、ロシアとの対話路線を唱える右派政党が台頭している現実に鑑みて、NATOは決して一枚岩ではありません。
NATOの根幹となっている北大西洋条約は、第5条で「集団的自衛権」を規定しています。たとえばポーランドがロシアから攻撃を受けた場合、他のNATO加盟国が一致団結してポーランドの軍事支援を行いロシアと戦うことが義務付けられています。しかし「集団的自衛権」の行使は、NATOの全会一致が原則です。1国でも反対すれば、成立しません。仮にポーランドがロシアに攻撃されても、NATOの集団的自衛権が発動される可能性は小さいと見なくてはなりません。
ロシア側の第2の目的と思われる防空体制の偵察についてはいかがですか?
おそらく初期の目的を達したものと思われます。ロシアのドローンは易々とポーランド領の200~300キロまで侵入できた由です。その一部は撃墜されたものの、残りの機体は再び領域外へ出ていきました。これは明らかな領空侵犯であり国際法違反ですが、今回の事案をNATOとしては「攻撃」と判断しませんでした(9月10日ロイター通信)。ロシアはこのへんをNATOの及び腰と感じたのではないでしょうか。
今後NATOは域内の防空体制強化に乗り出すことになりましたが、たぶんロシアからすれば、ここにもNATO側の弱点が見て取れます。ロシアが用いたドローン(の一部)は安価に製造できる「ゲルベラ」と呼ばれる機種で、コストは1機1万ドル程度といわれます。それに対しポーランド側は米国製戦闘機F16を投入し、ドローンを撃ち落とすのに使われた空対空ミサイルは1発40万ドルとか。ポーランドはロシアのドローンを落とすためにその40倍の費用をかけた計算になります(以上、「日経新聞」9月18日、田中孝幸編集委員の記事による)。こうした迎撃態勢を続けていれば、ロシアよりNATO側のほうがはるかに疲弊度は大きくなると言わざるを得ません。
ウクライナ戦争はドローン戦という新しい戦闘方法を定着させました。ロシアもウクライナもドローンの開発・製造に力を入れています。NATOも早晩、ウクライナと共にドローン製造に力を入れていくことでしょう。とすると、ここでまた新たな問題が生じます。ドローンの飛翔が日常化し、ロシアとNATOが互いにドローンを用いて越境行為を常態化させれば、それは従来のような「開戦」という重みを持たなくなります。戦争とは呼ばないままドローン同士のやり合いが行われるならば、世界はそれと気づかぬうちに、実質上の「第三次世界大戦」に突入しているといったことにならないかと危惧するのです。
—————————————