九月。若者がたくさん自殺する九月に。

イラスト:あきやまののの

東京の、共立女子大学・共立短期大学で、この七月に、村井華代教授という演劇研究者の担当する授業で、『明日のハナコ』のリーディング発表会が行われた。そのリーディングにスタッフ・キャストとして演劇を初体験した学生たちが、教授にレポートを提出してくれている。これで三年目だ。私はそれらのレポートを読ませてもらった。演劇初体験のとまどいと喜びに満ちた青々とした文章が並ぶ。そして彼らの多くが、生まれて初めて時事問題や社会のことについての自分の見解を求められて困っているのがわかる。不慣れな文体、用語の使い方のちぐはぐさ、初々しい思考の痕跡がかわいらしい。失礼ながら、泣かされつつ、笑わされつつ、感動してしまった。

十八歳までノンポリに暮らしてきた彼らが、必修の授業でいきなり「表現の自由の侵害事件をどう考えるか述べよ」と迫られたのだ。入学したての彼らの前にいかめしい壁のように、あるいはよそよそしい急階段のようにこの事件の記事が立ちはだかったに違いない。「どうしてこんな福井の片田舎のこと考えないといかんの?私関係ないし」。ダルそうな様子が想像される。

事件にかかわる当事者たちの立場にたってみて、ものを考えてみよう。そして自分が当事者だったらどう考えるか、じっくり想像して、実際に表明された対立する意見のどれをよしとするか、あるいは独自の意見を持つか、思考実験してみよう。そういうチャレンジは、初年度は普通に、読み、話し、聞く、という段取りの中で行われたらしい。しかし村井教授はそれでは届かない、と気づいた。二年目からは「実際に上演してみよう」という授業になった。演劇なんてしたくねえよ、っていう学生だって多数いただろう。一般教養の授業なのだ。演劇人をめざす学科でもなんでもないのだ。
私も大学で教員をしていたことがあるから、若者というものが群れるとどういう生き物になるのか、想像してしまう。その場に関わり、巻き込まれてみないと気づけない生態というものがある。単位認定のために動く彼らはおそらく表面上教員に従順だろう。しかし単位認定のためだからこその反発だって表面下に潜在している。そういう若者に、演劇の上演を、なんて大変な課題、私なら恐ろしくて課せない。議論する前に、彼らの中に演劇の「労苦に対する嫌悪感」がふくらむだろう。そしてむしろ「演劇だるい、仲間めんどい、人権どうでもいい」という反感のようなものをひきだしてしまうだろう。ましてやモノを考える人を「意識高い系」と遠ざける嫌悪感だってある世代なのだ。

演劇研究者の村井教授がそういう若者の生理に鈍感だとは思えない。話すと、むしろ鋭敏な方だ。しかし教授はそんな恐怖、ものともしない。上演してみた自分なら排除されることをどう感じるか、それこそ上演の実験をしようよ。と。

しかし、提出されたのは私が危惧する通り、単位認定のために書かれた文章で、しかも昨今の学生は教員が肯定しそうな内容を選んで書く、と村井教授も分析される。そこで「よしよし」と褒められることをもって成功体験とし、教育現場もそれで満足するというところがあります、と教授は醒めた把握をされている。なので昨今の風潮は「教育」ではなく「調教」に近い、とあくまで教授は自分に厳しい。

しかし、だからこそ、と村井教授は、その限界を承知しつつ、試行するのは意味があると考える方なのだ。だからこそ教授は、授業の中でご自身の意見を積極的に語ったり、押し付けに感じられたりするようなことは避けた。あくまでも控えめに、当事者による公表された意見だけを淡々と提示して、そして上演して、そして集団での討論を試し、そのあとの思考は個々に任せて、レポートが提出されてくるのを待つ。そしてそれは事後、名を伏せたうえで私たちに読ませてもらえる。


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