かわらじ先生の国際講座~韓国のバランス外交

画像なし中国の北京で9月3日、「抗日戦争勝利80年」を祝う式典が執り行われますが、ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩総書記も招かれて参加するとのこと。それに先立ちプーチン大統領は、中国国営新華社通信の書面インタビューに応じ、「虚構の『ロシアと中国の脅威』を口実に、日本の軍国主義が復活しつつある」と日本への警戒をあらわにしました。


「復活しつつある」というのは言うまでもなく、先の大戦中の大日本帝国を念頭に置いてのことです。そしてロシア、中国、北朝鮮はともに80年前、日本軍国主義に対して勝利した側に立つ国です。対日戦勝利というキーワードが今日、この3ヵ国の結束を強めるうえで大きな役割を果たしているように思われます。その点でいえば、韓国もまた戦勝国の側に立つ国ですし、特にこの6月韓国大統領に就任した李在明氏は、歴史問題で日本を痛烈に批判してきた人物として知られていますが、対日戦勝利のイベントで、ロシア、中国、北朝鮮と歩調を合わせることはないのですか?

李大統領は9月3日の北京での式典に参加しない旨を明らかにしています。その代わり、禹元植国会議長が出席するようです。2015年の「抗日戦争勝利70年」の式典には、朴槿恵大統領(当時)が出かけていますから、今回の出席見送りには政治的判断が働いたと考えていいでしょう。すなわち露朝首脳と同席することは、ロシアのウクライナ侵略を肯定することにつながり、欧米諸国との信頼関係を揺るがしかねません。また、中国、ロシア、北朝鮮と共同歩調をとれば、日本や米国との関係を損なうことになります。李大統領としてはそうしたリスクを冒したくなかったということでしょう。

画像なし日本に対して厳しいスタンスをとってきた李大統領がいま、日本のことを考慮しているのですか?

たしかに李氏はかつてわが国を敵視する言動を繰り返してきた人です。日本との関係改善を進めた尹錫悦前大統領に対しても「対日屈辱外交」と難じ、日本のことを「敵性国家」と呼んだこともあります。東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出をめぐっては「人類と自然への重大な犯罪」だと日本を厳しく追及しました(『朝日新聞』8月24日)。しかし大統領に就任すると「実用外交」を掲げ、大変柔軟な政策を展開しています。韓国の国益を見極めたうえでのことでしょうが、日本を重視する姿勢が見て取れるのです。

画像なし具体的にはどのような点にそれが窺われるのですか?

周知のように李大統領は8月23日、来日して日韓首脳会談を行い、その2日後の25日、米国のホワイトハウスで米韓首脳会談を行いました。この順序も注目すべきで、崔恩美氏(韓国・峨山政策研究院研究委員)は、「米国より先に日本を訪問したこと自体が、『対外政策で日本を大事にしている』という明確なメッセージになった。これが今回の首脳会談の最大の成果ではないか」とまで述べています(『朝日新聞』8月24日)。
この首脳会談の成果を踏まえ、日韓両国政府は17年ぶりとなる「共同文書」を公表しましたが、これも韓国側の働きによって実現されたといわれます(『朝日新聞』8月25日)。
この文書には具体的な歴史問題が盛り込まれなかった点も注目されます。この点については、韓国国内の元慰安婦支援団体などから、「実用外交の名のもとに、歴史の正義が覆い隠された」との非難声明が出されたそうですが、李大統領は韓国報道陣の質問に答え、こうした非難は「覚悟していた」と述べ、その上で、「(歴史や領土問題を)解決しないからといって経済や安全保障、国民協力を放棄する必要はない」と論じ、「理解の幅が広がり、配慮が深まれば、歴史問題についてもはるかに前向きな措置が可能だろう」と語りました(『讀賣新聞』8月26日)。

画像なし「反日的」と目されていた李大統領がこうした度量の広さを示し、日本に歩み寄ろうとしている理由は何なのでしょう?

日本側のパートナーが石破茂首相であることも大きな要因と思います。8月15日の全国戦没者追悼式での式辞で、日本の「反省」に言及するなど、石破首相が歴史問題に関して韓国側の立場に寄り添おうとしている点を韓国政府はそれなりに高く評価しています。石破氏が首相のうちに、日韓関係の土台を固めたいとの思いが李大統領にはあるのではないでしょうか。また、トランプ米大統領による関税引上げなどの理不尽な要求に対しては、日本と連携して対処せねばならないという思惑もあるはずです。そして安全保障上の問題です。米韓日の連携を重視する米国にとって、日本と韓国の「いがみ合い」は頭痛の種でした。李大統領としてはトランプ大統領と会談する前に、韓日関係を「正常化」させたという実績を示しておきたかったという面もあろうかと思います。

画像なしその米韓首脳会談ですが、トランプ大統領は在韓米軍基地のあり方をめぐっていろいろと揺さぶりをかけてきたようですね。

はい。交渉の全容はうかがい知れませんが、トランプ大統領は前々から韓国側に求めている在韓米軍駐留経費の負担増にとどまらず、在韓米軍基地の土地の所有権譲渡を迫ったと報じられています。さらに、台湾有事も視野に、在韓米軍の役割を中国に対する抑止強化にも拡大させるべきだとの考えも示された可能性もあります(『讀賣新聞』8月27日)。

画像なし「朝鮮有事」に加え「台湾有事」への対処までせねばならないとは、韓国も日本に負けず劣らず過酷な運命を背負わされていますね。

そうですね。小国の宿命と言ってしまえばそれまでですが、結局のところ日本も韓国も、ロシアや中国や米国といった大国のヘゲモニー争いに巻き込まれざるを得ません。だからこそ、小国としての知恵を働かせ、大国間の軋轢を緩和するための役割を果たす必要があります。韓国は中国やロシアとは陸続きですから、日本以上にそうした問題に敏感だといえます。

画像なし例えばどのような点でしょうか?

韓国政府は日韓首脳会談と米韓首脳会談の間となる8月24日、中国へ韓国大統領特使を派遣し、王毅外相と会合させ、李大統領の親書を手渡したそうです(『讀賣新聞』8月26日)。中国との信頼醸成を怠らないところに韓国のしたたかさを感じます。李政権は日本や米国との連携強化のみならず、中国やロシアとの関係改善を模索していると伝えられますが、いわば小国としての英知だと思います。韓国は北朝鮮との関係修復も図っているようです。米韓首脳会談の際、トランプ大統領は年内にも米朝首脳会談を行いたいとの意欲を示した由ですが、李大統領も協力を買って出たと伝えられています。
韓国は「朝鮮有事」や「台湾有事」が起これば、自国が壊滅的な打撃を受けます。だからこそ、李大統領は「実用外交」によってその回避を必死で模索しているのでしょう。
この点は日本も同様です。日韓両国は、米日韓の軍事協力の強化とは別に、大国間の衝突を未然に防ぐため、外交面でもっと共同していく務めがあるように思います。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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