先日行われた参議院選挙では、ロシアがSNSを通じて介入していたのではないかとの疑惑が取りざたされています。NHKもこの問題を特集していました。
特定の政党や候補者を支持もしくは拒否するよう世論を誘導するサイトが複数あり、それにロシアの組織が関与していると疑われています。実のところどうなのでしょう?
NHKの特集記事を読みましたが、ロシアの政府機関がかかわっているという証拠はないようです。もっともすぐに素性がわかるような素人臭い仕事はしないでしょう。これはロシアに限った話ではなく、どの国の情報機関も他国の世論に影響を及ぼすことを任務の一つにしています。ですから、このSNS全盛の時代に、それをツールとして選挙に干渉することはないと考えるほうが不自然で、実際いろいろな世論操作は行われているとみたほうが自然です。それが不正な方法で行われ、虚偽が拡散されていれば、安全保障上、厳しく取り締まる必要があることは言うまでもありません。今回の参院選を前にXで5つのアカウントが凍結されたとのことですが、そうした不正取り締まりの一環だったのでしょう。
ロシア政府系メディア「スプートニク」による参院選への介入問題も話題となっていますが、いかがでしょう?
「スプートニク」はロシア政府の「公式見解」を日本で流布させることを目的としていますから、その報道をうのみにするのはナイーブ過ぎます。たとえばウクライナ戦争に関する報道を見ても、日本や欧米の報道と比べたら虚偽だらけということになります。ただ、欧米のニュースが真実を伝えているのかといえば、やはりバイアスはあります。どの国の報道も真偽ないまぜだというくらいのスタンスで接しなくてはなりません。複数の情報源をもち、比較対照しながら、最後は自分の頭でしっかり考えることが肝心です。
ところで「スプートニク」の参院選へのかかわりに関してですが、参政党のさや氏が「スプートニク」のインタビューに応じたことが結構大きな問題となりましたね。さや氏がロシアのスパイだとか、参政党のバックにロシアがいるなどといった根拠のない暴言までネットでは書き込まれました。この件については、わたしは「AERA DIGITAL」(2025/07/26/ 14:00)で篠原常一郎氏が述べていることに概ね同意します。
日本の政治家がロシア政府系の通信社の取材に応え、自分の見解を述べることには何ら違法性はありません。ただ、わたしは別の角度からこの一件に興味をもちました。
それはどんなことですか?
なぜロシアのメディアは参政党の候補者を取材したのかということです。おそらく理由は二つです。一つ目は、参政党の急激な支持率アップをみて、今後の日本の政界における無視できない勢力になるだろうと見込んだこと、二つ目は、現ロシア政権との思想上の親近性を見て取ったことでしょう。つまりロシア側は参政党を対日関係における有望なパートナーの一員と見なしているということです。
現ロシア政権との思想上の親近性とはどういう意味ですか?
実は最近の「スプートニク」が参政党に好意的な長い論説を載せています。
【参政党の政治路線 日本は巻き返しに踏み出すか?】
(おことわり)スプートニクは、日本における特定の政党や政治家を支持・支援することは一切ございません。また、事実に基づかない誹謗中傷等には厳正に対処させていただきます。… https://t.co/ZorBgnMzRy pic.twitter.com/KHjVVxbTdJ
— Sputnik 日本 (@sputnik_jp) July 27, 2025
その記事は次の一文で締めくくられています。「『参政党』のレトリックに見え隠れする『八紘一宇』という古い考えは新しい意味を持つかもしれない。我々は世界をそれぞれの国家に分かれたものとして見ることに慣れているが、本質的に世界は一つの全体である。こうした考え自体は非常に価値あるもので、正しく展開されていけば、国際関係に多大な影響を及ぼしうる。」筆者はロシアの評論家ですが、ロシア政府の見解の代弁者と解して差し支えありません。ロシアは参政党の復古主義的な(つまり旧大日本帝国的な)価値観を高く評価しているわけです。そして、まさしく帝国主義的な価値観を体現しているのが今のプーチン政権にほかなりません。
参政党は欧米のメディアによると「極右政党」に分類されているようですが、欧米で台頭している極右政党も帝国主義的な価値観を有し、現代ロシアには概して融和的な姿勢を示しているようですが、ロシアからみると日本の参政党も味方だと感じているということでしょうか?
参政党がどう思っているか知りませんが(さや氏が「スプートニク」の取材に応じたことから察するに、少なくても反ロシアではないはず)、実際、日本の右派勢力、殊に自民党の旧安倍派が親ロシア的であることは明らかです。5月末のプーチン大統領と安倍昭恵さんの電撃的な会見は、象徴的な意味合いをもつものでしょう。昭恵夫人の背後に旧安倍派のいることは火を見るより明らかで(かつてのファーストレディーであっても、政治家ではない未亡人を個人の資格で、ロシアの大統領があれほど厚遇することは考えられません)、日露双方で関係修繕が試みられているとみるべきです。
実は旧安倍派の西田昌司氏(先日、参院選京都府選挙区で当選しました)もロシアへのシンパシーを隠していません。彼が5月3日に那覇市で行った講演は、「ひめゆりの塔問題」ばかりがクローズアップされましたが、その中で西田氏は、ロシアのウクライナ侵攻を肯定し、あれはわが国の大東亜戦争と同じで、自国防衛のためにやむを得ず強いられた戦いだと評価しています(5月27日付「かわらじ先生の国際講座」に西田氏の講演のリンクが張ってありますのでご確認ください。「20:37」あたりから)。
もし今後、自民党右派と参政党が対外政策で連合することがあれば、日露関係の修復へと向かう可能性は小さくありません。そのとき、参院選の土壇場で当選を果たした鈴木宗男氏が、対ロシア外交の実績を買われ、再び何かしらの役割を果たすことがあるかもしれません。注目したいところです。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。