
2022年5月3日、私は、山口の奥地にある「ロバの本屋」へ行くために、東京発ののぞみに乗った。まずは「厚狭」って駅まで新幹線で行く予定。
その厚狭まで、東京から営業キロ1062.1キロと、途方もなく遠い。
でも、だからこその醍醐味というものが、旅にはある。

乗ったときはすいてたのぞみは、新横浜からは座れない人もいるようになった。
私のとなり(通路側)には、若い女性が席をとり、そのそばに彼氏と見られる男性が立つ。発車すると二人はすぐにビールを飲み始めた。まだ朝7時半だというのに!
そして崎陽軒のシューマイを開いて、食べ始めた。
男「何でグリーンピースが乗ってるやつと乗ってないのがあるのかわからない」
男「帰り、崎陽軒のシューマイ買って帰ろう」
今食べてるのに、帰りに買ってまた食べるの? それはグリーンピースの謎を解明するため? それに新幹線乗って出かけんだから、旅行先のおみやげ買う方がいいんじゃないの? 思わず突っ込みをいれたくなる。列車は新丹那トンネルに。
男「気分的にジェットコースター乗りたい気分」
明るいシューマイカップルは名古屋で降りた。

そして女性が座ってた席には、今度は小学生くらいの子どもが座った。そこへ別の席に何とか座った母親と思われる女性が現れ
「はたらく細胞ダウンロードしたげる。とりあえず座ってな!」
と言って消えた。私が「はたらく細胞」という言葉を耳にしたのはこれが初。
東京以外から乗る人にはとてつもなく不利な、下り新幹線の自由席。私の横で、母と席離れ離れになった子どもは、外の景色も見えない通路側で、たぶんずっと「はたらく細胞」で遊んでいた。
親子は新大阪で降りていった。

新大阪で次に現れたのは若い女性。座るとすぐ、パソコンを開いた。
しかし、まったくパソコンをしないで、ずっと寝ていた。
そして、岡山辺りで、何やらチョコビスケットのようなよい匂いが漂ってきた。(車内で誰か食べている)
そのあと今度は塩せんべいのような匂いが漂ってきた。(車内で誰か食べている)
若い女性は結局一度もパソコンをやらずに広島で降りた。
広島からは、親子連れ(母1、子1、子2)が乗ってきた。子1が私の隣りに座す。親子は「徳山⇔草津」という切符を保持していた。
徳山というのは私が乗り換えのために降りる駅だ。

そして徳山に着いた。降りる直前、若い母
「じーちゃんが駅に迎えに来てくれるって」
訛りのある言葉で子どもに教えた。
徳山ホーム。3人がじーちゃんを目指して階段を下りていくのを見届ける。
思えば新横浜からずっと、私の隣りには若い人ばかりが座っていた。
さあそして4時間半ぶりに電車から降りて、外を見ると、なんと海だ。
徳山駅の新幹線ホームの向こう側が全面海になっている! 船が浮かんでいる! そしてその後ろに、コンビナートみたいな巨大な工業地帯が広がっている・・・。
印象的な風景だった。

徳山は新幹線の駅だけど、寂れてて、ホームにはほとんど人がいない。
構内の売店でひじきを買った。
そして12時7分発のこだまに乗り、次の駅「厚狭」で下車。
厚狭は「あさ」と読む。この旅で初めて知った地名(駅名)だ。
ちょうどお昼時なので、この駅の周辺でゆっくりお昼ご飯を食べよう。
と、駅外へ出る。すると、巨大なバスターミナルみたいな広場があった。
が行ってみるとバスターミナルではなかった。なぜならバスは一台もない。バス停もない。
ガラ~~~~ンとして、広~いスペースに車が数台止まるだけ。
周辺には売店のひとつもなく、飲みものの自販機ひとつあるきり。
歩く人とてなく、見渡しても、近くにあるのは病院だけだ。
ぐるっと一回りして、ただの民家前をとぼとぼ歩く。
これではパンのひとつも買えやしない。なので駅に戻り向こう側へ。
するとそっち側は在来線側とも言える出口だった。そしてなんだ、こっちは普通の駅だわや。向こう側よりずっと古びた町並み、そして人間のにおいがする。
よかった。時間を無駄にしたのでパパッと食べられるお店に入ろう。
と、探してみれば、しかしこちらにも店は、ただ1軒があるだけ。それはカウンター式のラーメン屋さんで、行列ができている。
その列に並ぶ。番が来たので自販機にまず100円だけ入れ、押すボタンを探す。私は慣れないラーメン屋でラーメンを食べるとお腹をこわす体質なので、ラーメン以外のメニューを探す。
ところがラーメン以外のメニューがない。チャーハンもなければ餃子定食もない。ここはラーメン一筋のラーメン専門店なのだった。
なので取り消しボタンを押して100円を取り戻し、店を出た。
そして非常に苦々しい気持ちで駅に戻り、構内のセブンイレブンでおにぎり2個と、お土産にどら焼き2個を買う。
高菜おにぎりと、梅おにぎりを駅構内のベンチで食べる。おいしい。見ると、セブンのおにぎりだけど作ってるのは「菜の花」という山口(山口市秋穂東7576)の会社だ。
やっとありつけたお昼ご飯。つましいけどとても美味しかった。

そろそろと思い美祢線1番ホームへ行くと、1両だけのかわいい電車にたくさん人が乗っている。
ボックス席に座ると次々に同じボックスに人が乗ってきて、そしてそれは隣りのボックスを巻きこむ大所帯の親戚グループだった。
地元民と思われるその人たちを眺めながら、遠くに来たんだなー、もうここには「東京」がどこにもないや、としみじみ思った。それでもまだまだロバの本屋には着かないのだ。
(つづく)
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。
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