かわらじ先生の国際講座~戦後80年――世界はどこへ向かうのか?

画像なしスウェーデンのストックホルム国際平和研究所が4月28日に公表した報告によると、昨年(2024年)の世界軍事費は前年比9.4%増の総額2兆7180億ドル(約390兆円)で、10年連続の増加だそうです。さらにこの数字は、同研究所が統計を取り始めた1988年以降で、過去最高とのことです。
国別にいうと、上位は米国、中国、ロシア、ドイツ、インドの順で、この5カ国だけで世界全体の60%を占めるとか。なお日本は前年比21%増の553億ドルで世界10位でした。わが国の防衛費伸び率は1952年以来最大の由です。

なぜこんなに世界で軍事費が伸びているのでしょう?

近因として挙げられるのは、ウクライナ戦争です。この戦争を単なるロシアのウクライナ侵略とみるのでなく、専制主義による民主主義への挑戦ととらえた西側諸国(NATO諸国や日本など)が、一丸となって軍事強化策を取り出したのです。もはや米国だけには頼れないという意識から、各国が自助努力に力を傾けている面もあります。もう少し長期的な観点からみれば、インド太平洋地域への覇権拡大を目指す中国と、それを封じ込めようとする日米などとの軍拡競争も、軍事費増大を押し上げている主因の一つでしょう。そして科学技術の急速な進歩も大きな要因となっています。サイバー攻撃やドローン攻撃など新たな戦闘方法の開発のためにも軍事費が注ぎ込まれています。

画像なし今年は第二次世界大戦後80年という節目の年です。戦争を知らない世代が大半を占めるようになりましたが、それだからこそ戦争の悲惨さや平和の尊さを若い世代に語り継ぎ、戦争の記憶を風化させてはならないはずなのに、現実はむしろ逆で、世界は大きな戦争に向けてまっしぐらに突き進んでいるように見えるのですがどうでしょう?

そのとおりですね。そうした危機感を共有している人は少なくないはずです。ですから日本各地で戦後80年の平和記念式典が現に開催されています。たとえば静岡県でも4月25日、鈴木知事や県会議員が戦没者へ黙祷を捧げたほか、遺族が語り部となる講話も行われました(『讀賣新聞』2025年4月26日)。
また天皇皇后も、戦後80年という節目を意識し、太平洋戦争の激戦地を訪れ、犠牲者の冥福を祈る「慰霊の旅」を開始しています。その最初が4月7日に行われた硫黄島訪問です。

今年はさらに沖縄や広島、長崎もご訪問の予定とのことです。これは皇室なりの危機感の表明でしょうし、もっと大きくいえば、わが国が敗戦という代償を払って得た平和主義が今も生きていることの証しともいえますが、戦勝国の場合は認識が異なるようです。

画像なしそれはどういうことですか?

ロシアは5月9日、対独戦勝80年の記念式典と軍事パレードを挙行しますが、先日はその予行演習が行われました。報道によれば新型ミサイルもパレードに登場し、例年になく盛大なものになるようで、少なくともウクライナ戦争開始後、最大規模のイベントとなる模様です。

対日戦に勝利した中国の習近平国家主席も出席する予定とのことですが、プーチン大統領との間でどのような話し合いがあるのかも注目しています。なお、同じく対日戦勝利の側に立つ北朝鮮の金正恩総書記は、当初出席と伝えられていましたが、最近、訪露を取りやめることになったと報道されています。国内的な事情とのことですが、その理由が気になるところです。
いずれにせよ、プーチン政権はロシアに近しい国々の首脳たちを招待して軍事力を誇示し、西側との武力対決も辞さずとの姿勢を示すつもりのようです。これは西側諸国(NATO)も同様で、最初に紹介したストックホルム研究所の発表によれば、欧州の軍事費も17%増の6930億ドルとなっています。そして、あれほどいろいろな財源をカットしている米国のトランプ政権も、2026会計年度の国防費を前年度比13.4%増の1兆119億ドル要求すると明らかにしています。

画像なし日本が敗戦の代償として高く掲げてきた平和主義も、世界の潮流のなかでは完全に少数派ということでしょうか?

日本も防衛予算を大幅に増やしていますから、実はこの平和主義もかなりぐらついています。5月3日は憲法記念日で、それぞれの新聞社が「改憲」の賛否に関して独自のアンケート結果を載せていますが、朝日と毎日は反対が賛成を上回り、讀賣は賛成が60%となっています。しかし、その讀賣でさえ、「少数与党 しぼむ改憲機運」という見出しを掲げています(第4面)。つまり国民は総じて今の段階での改憲を望んではいないということでしょう。ただしこれが国民の「戦争反対」意識の高まりかといえば、どうも違うような気がするのです。戦争と平和の問題そのものに対して、国民の熱量が極めて低いという印象を受けるのです。わたしは大学で若い世代と語る機会が多いのですが、そもそも憲法問題や平和の問題に対する関心が薄いと感じざるを得ません。世界の軍事費が空前の伸び率を示していることは由々しい事態で、その先に平和などあり得ないのに、みな割と平然に暮らしています。戦後80周年という節目を迎え、今更ながら「新たな戦前」という言葉が頭を去来しています。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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