米国の関税措置について協議するため、渡米した赤沢経済再生相は、4月16日にトランプ大統領と会談を行いました。会談時間は約50分間。トランプ大統領は赤沢大臣に①在日米軍の駐留経費負担、②米国製自動車の販売、③貿易赤字の3点を示し、日本側の改善を求めたとされます(『朝日新聞』2025年4月18日)。こうした米国側の要求に対し、特に①の点に関して、石破首相は国会で「唯々諾々と言われるままに負担を増やすつもりはない」と明言しました。
赤沢大臣は4月30日、再度訪米し、トランプ政権と交渉することになっています。また石破首相も適切な時期に訪米し、トランプ大統領と直接会談したい旨の意向を示しています。貿易赤字問題を安全保障と絡めることは筋違いだと思うのですが、果たして日本側は在日米軍駐留経費の増額要求を退けることができるのでしょうか?
今日の日米同盟では、米国ばかりが負担を強いられているというのは、トランプ大統領の一貫した主張です。4月10日にも、トランプ氏は記者団の質疑応答のなかで「我々は数千億ドルを支払って日本を守るが、彼らは何も支払わない」「我々は日本を守るが、彼らは我々を守る必要がない」と日本に対する不満を述べました(『讀賣新聞』2025年4月12日)。
また、新しく駐日大使に就任したジョージ・グラス氏も、大使就任直前の3月13日、米国上院外交委員会で発言し、「日本が地域の防衛や米軍に対する支援を継続的に強化し、日米関係が米国民に役立つものになるようにする」ことが必要であり、在日米軍駐留経費の日本側負担の増額を求める考えを示しています(『讀賣新聞』2025年3月14日夕刊)。これから米国が関税問題とは別個に、日本側の防衛面における負担増大を求めてくるのは必至でしょう。
米国側の言い分は正当なのですか?
トランプ大統領の述べていることは明らかな間違いです。なぜ側近たちがその誤りを正そうとしないのか不可解です。正してもトランプ氏が聞く耳を持たないだけなのか……。
まず、日米地位協定の規定によれば、在日米軍の駐留経費は原則として米側が負担することになっています。しかし1978年、円高の進行などを受けて、在日米軍の労務費の一部を日本が肩代わりしてあげることになりました(それゆえ、日本側による負担は米国への温情だとの認識から「思いやり予算」と呼ばれるようになりました)。しかし、日本側の負担は恒常化するだけでなく増大する一方で、1978年~2025年度予算の累計で8兆円を超すまでになりました。日本側による在日米軍駐留経費の額は5年に1度見直すことになっていますが、2022年~26年度は年度平均で2110億円を日本側が支払っています(『日経新聞』2025年4月18日)。
2027年度以降の日本側負担額については、2027年3月までに日米間で決着させなくてはなりませんので、今後トランプ政権による日本への負担増の圧力は強まる一方でしょう。日本側が全然支払っていないかのようなトランプ大統領の発言はでたらめと言うべきですが、案外わざと間違ったことを言って、日本側をゆさぶっているのかもしれません。とにかく日本側の負担を増やすことが米国側の至上命令なのですから、そのためには事実に反する放言も平気なのでしょう。
結局日本側は、米国の要求に逆らえないということにならないでしょうか?
日本政府の意地を見せてほしいところです。実は今の米国は、日本の防衛義務から徐々に離れようとしているのではないかと感じています。
それはどういうことですか?
バイデン前政権時代の2024年12月、米海兵隊は沖縄に駐留する部隊の一部をグアム島に移動させました。この動きは今後も加速するものと思われます。
そして2025年3月、米国防総省が在日米軍の強化計画の中止を検討しているとの報道がなされました。
自国第一主義の立場をとる米国は、これから日本のみならず、アジアの安全保障に対する関与を縮小させる可能性が出てきました。わが国の防衛省は3月24日、陸海空3自衛隊の各部隊を一元的に指揮する「統合作戦司令部」を発足させましたが、これに対応して米軍も在日米軍司令部の権限を強化し、「統合軍司令部」を設立する計画を立てています。日米の連携を強めることを企図した措置ですが、このままですと米国側が一方的に離脱し、日本周辺の防衛は日本の自衛隊が責任をもって(場合によっては単独で)行うということになりかねません。トランプ大統領のことですから、ある時、だしぬけに中国の習近平国家主席や北朝鮮の金正恩総書記と接近する可能性もゼロとはいえません。
日本がよほど駐留経費の負担を増やさないと、在日米軍がこのまま日本にとどまる保証もありません。よく言われるように政治の世界では一寸先は闇です。我々はそろそろ在日米軍がいない日本像を構想していくことも必要なのではないかと思います。そのメリットとデメリットを勘案し、米国の軍事力に頼らない日本の未来を考えることは、自立した国家として当然のことでしょう。そのことは直ちに日本の軍拡を意味するわけではありません。米国頼みではない、日本独自の対外政策、すなわち外交と安全保障の再構築です。石破首相が当初提唱した「アジア版NATO」は、当否は別として、その一つの試みとしては評価し得るでしょう。もっといろいろな試案が出てきてもよい時期にわが国はさしかかっているように思われます。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。
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