米国の仲介により、ウクライナ戦争の停戦が実現するかと期待されたのは3月上旬のことでした。それからもう一カ月以上経ちますが、一向に戦争は止みそうにありません。いったんは黒海での安全航行などに関する合意がまとまったように思われましたが、ロシアは制裁緩和を条件とすると言い出し、また、ウクライナ側がエネルギー施設への攻撃を止めないと非難しています。
そのロシアは4月13日、ウクライナ北東部の都市スムイへミサイル攻撃を行い、少なくとも子供2人を含む32人が死亡、84人が負傷したと報道されています(『朝日新聞』2025年4月14日)。戦争は再びエスカレートしそうな様相を呈しています。仲介者の米国、そして当事国のロシアやウクライナはもはや停戦を放棄してしまったのでしょうか?
停戦条件を見出すための努力は現在も続けられています。4月11日には米国のウィトコフ中東担当特使がロシアのサンクトペテルブルクを訪問し、プーチン大統領と4時間半に及ぶ会談を行いました。米露政府ともに会談内容を明らかにしていませんが、プーチン大統領自らこの長時間の会談を行ったという事実を重く受け止めたいと思います。水面下で何か真剣な取組みがなされているのでしょう(『京都新聞』2025年4月13日)。
同じ4月11日、米国のウクライナ担当特使であるケロッグ氏が英紙『ザ・タイムズ』のインタビューの中で、停戦案を述べています。それによると、ウクライナを南北に流れるドニプロ川を基準とし、それよりも西側に欧州各国の治安維持部隊を展開し、ロシアによる再侵攻を抑止する保証とするのだそうです。同紙によれば、ケロッグ氏は停戦後のウクライナを第二次大戦後のドイツの状況になぞらえた由です。すなわち戦後直後のドイツは、東はソ連、西は米英仏による分割統治が行われました。ただし、この報道に関してケロッグ氏は、自らのSNSで正確ではないと指摘しているとのことです(『讀賣新聞』2025年4月14日)。
ロシアと米国が水面下で進めているとされる停戦案は、いまだに漠然として全貌が見えてきませんが、どうやらウクライナを分割するという構想が輪郭として浮かび上がってきているように思われます。プーチン大統領は2014年に奪取したクリミア半島のほか、併合を宣言しているウクライナ東・南部の4州(ルガンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソン)をウクライナ側がロシアに割譲すべきことを要求していますが、ケロッグ氏の発言をみると、米国のトランプ政権もそれを呑もうとしているようですね。
他方で、4月11日にブリュッセルで開かれたNATO加盟国など約50カ国代表による会合では、ウクライナに対し、過去最大規模となる210億ユーロ(日本円で約3兆4千億円)の軍事支援を行うことを決めました。オンライン参加したウクライナのゼレンスキー大統領も、ロシアから譲歩を引き出すためには決定的な軍事圧力が必要だとの趣旨のスピーチを行いました。
ここに来て、米国と欧州との乖離はますます顕著になり、英仏を中心とする欧州諸国はウクライナへの軍事支援に前のめりになっている感すらあります。劣勢を伝えられるウクライナ軍の戦意も衰えている気配はなさそうです。結局、戦局がどちらかに大きく傾くことがない限り、ロシアもウクライナも戦闘を止めるつもりはないということでしょうか?
残念ながらそういわざるを得ません。正直なところ、ウクライナ軍がここまで果敢に戦い続けるとは、わたしは予想していませんでした。NATOの軍事支援があるとはいえ、ウクライナとロシアでは1対10くらいの軍事力の開きがあります。にもかかわらず、この2年ほどは戦線はほぼ動かず、一進一退の状態を維持し、両軍はほぼ互角の戦いをしているといえます。
現在のウクライナは戦時体制下にありますから、大統領選挙も行われていません。その意味ではゼレンスキー政権はまさに軍事政権です。そしてこの3年間の戦いぶりから見て、かりに米露がウクライナの頭越しに何かを決めようとしても、このウクライナ政権は決して戦うことを諦めないと思われるのです。もしもゼレンスキー氏が大統領の座を退くことがあっても、より屈強な指導者がこの政権を維持するのではないか。そんな気がします。
つまりウクライナ政権を当事者としない停戦交渉は成立しないということですか?
そうです。米露首脳部は、ウクライナを蚊帳の外に置いて何かを決めようとしているようですが、プーチン大統領はウクライナ政権と正面から向き合わないかぎり、いくらトランプ大統領に頼っても、何も決められないように思います。改めてウクライナ政権の意志の固さが感じられるのです。
この頃わたしは、ウクライナ政権の中枢部で真に指揮をとっているのは誰なのかということをしきりに考えます。ゼレンスキー大統領は象徴的な存在ではあっても、軍事のプロではありませんから戦争の指揮をとることはできないと思います。ロシアを怖れず、互角の戦いを続けるための作戦を立てている屈強な軍事指導部の存在があるはずです。ことによるとアゾフ連隊の指導部でしょうか。わたしには彼らがロシア帝国時代のコサックと二重写しに見えてきます。
かつてコサックと呼ばれる勇猛な戦士集団は、自立を求め叛乱を起こし、ロシア帝国政府をさんざん困らせました。やがてロシア政府は、コサックの自治を認めることと交換に、ロシア帝国を異民族の侵入から守るための国境警備隊としてコサックをロシア皇帝に臣従させたのです。ちなみにコサックは、いまのウクライナ民族の祖先でもあります。
今日のプーチン政権も、ウクライナ政権を掌握し戦い続ける軍事指導者たちと折り合いをつけ、彼らの居場所を確保しないかぎり、ウクライナを思い通りに動かすことなどできないでしょう。
—————————————