米国のトランプ大は4月2日、ほぼすべての国・地域に10%の関税をかけ、特に高い「貿易障壁」を設けているとされる約60カ国に対しては、それぞれ独自の関税をそれに上乗せするという「相互関税」の発動を命じる大統領に署名し、自らその説明を行いました。以前からトランプ氏は、諸外国が不当に米国製品への関税をかけていると難じ、米国も同様の措置をとる(それゆえ「相互」関税なのですが)と警告していましたが、今回の措置の情け容赦のなさは世界を驚かし、パニックに近い反響を呼び起こしました。一律10%のほうはすでに4月5日に発動され、国・地域ごとの上乗せ関税は9日に発動の予定です。
トランプ氏といえば「ディール(取引)」好きの大統領として知られていますが、この「相互関税」も今後、各国とのディールの対象となるのでしょうか?それとも、もはやディールの余地すらない最終決定なのでしょうか?
トランプ大統領が4月2日、ホワイトハウスの「ローズガーデン」で行った演説の模様はテレビでもさかんに放映されていましたが、その断固たる調子を見ても、これがディールでないことはたしかでしょう。彼はスピーチの中で「今日は長い間待っていた解放記念日だ。2025年4月2日は、米国の産業が生まれ変わった日、そして米国を再び豊かにし始めた日として、永遠に記憶されるだろう。……今日は米国の歴史の中で最も重要な日の一つであり、それは私たちの経済的な独立宣言でもある」と高らかに語ったのです。
トランプ大統領の目的が各国との関税をめぐる「ディール」ではないとすれば、その目指すものは何なのでしょう?
それはトランプ氏のスピーチの中にも示されていますが、米国は長年、他国を豊かにするために自らが犠牲になってきたので、今度は米国が繫栄する番だということになるのでしょう。
世界の国々は(友好国を筆頭として)、不当な関税によって自国内の産業を守り、米国製品を買うことを拒む一方で、一方的に米国民に自国製品を買わせてきた。その結果、モノの貿易赤字は1兆2千億ドル(約180兆円)にまで膨れ上がり、米国は国民の生活が脅かされる「国家非常事態」に至っている。
米国は他国製品を買わされるだけの国となり、そのせいで自国産業は空洞化し、物を生産する力がすっかり減退してしまった。米国は必要な製品を自国で製造できる国にならなくてはならない。諸外国の企業は米国による「相互関税」がいやなら、米国に巨額の投資をし、米国内で製品を作るようにすればよい。これから米国は、車、船、半導体、航空機、鉱物製品、医薬品等々、必要な製品を国内で作れるようにする。企業がすべて国内に戻ってくるのだ――およそこうしたことをトランプ氏はスピーチの中で語っているのです。
トランプ氏は米国の製造業の衰退をすべて諸外国のせいにしていますが、本当にそうなのでしょうか?米国は主要先進国の中でもいち早く「脱工業化」を進め、安い輸入品で世界一豊かな生活を送り、ITや金融関連業で成功し、数多くの富裕層を生み出してきたのではありませんか。米国は世界中の人が憧れる最も繁栄した国家だからこそ、世界各地から成功を夢見て、今も米国を目指す人が絶えないように思うのですがいかがでしょう?
たしかにそういう考え方もできますね。貿易赤字が膨らむということは、ドルが国外に出ていくことを意味しますが、それはドルにそれだけの価値があることの証左だとも言えます。また、米国民は巨額の貿易赤字と交換に、物質的には恵まれた生活を送ることができたわけです。
ただし昨今の米国は、貧富の差が途轍もないことになっているのも事実です。そして製造業に従事する人々の生活は危機に瀕しています。米国はいわば持つ者と持たざる者によって分断されています。トランプ氏の関税政策は、そうした転落しかかった労働者たちに希望を与えるものだともいえるのでしょう。
「相互関税」政策は果たして米国を豊かにするのでしょうか?
実はそこがよくわかりません。たぶん経済学者にもたしかなことは予測不能なのでしょうし、ことによるとトランプ政権の内部の人々にもよくわからないのではないでしょうか。経済は複雑な有機体のようなもので、何が何と結びつき、どんな反応を起こすか、容易には見通せないものなのです。
ただ、歴史の教訓に学ぶとすれば、1930年の状況を髣髴とさせます。当時は世界恐慌のさなかで、米国は「スム―ト・ホーリー関税法」を施行し、保護主義路線をとります。それが世界経済のブロック化を招き、ドイツや日本の軍事大国化、ひいては第二次世界大戦をもたらすことになったと言われています。今回の「相互関税」の発動も、世界経済に大々的な影響を及ぼすことは必定です。米国とて世界経済の網の目の中にいるわけですから、そのインパクトが自国に跳ね返ってくることは覚悟しなくてはなりません。
自らがかけた関税のせいで、米国に入ってくる製品は一様に値が上がるはずです。とすれば、物価が上がり、米国内はインフレとなります。物価が上がれば、国民の購買意欲は低下し、その結果、物が売れなくなり、産業は弱体化して、経済は低迷せざるを得ません。つまり不景気がやってきます。こうして物価上昇と不況が同時に進行するスタグフレーションに陥る可能性も出てきます。トランプ氏の目論見が裏目に出るわけです。
トランプ大統領による「相互関税」措置が日本に何をもたらすのか、またEU諸国その他の国々にどんな影響を及ぼすかについては、ここで論じる余裕はありませんが、米国にとっても決して明るい展望をもたらすとはいえないことは強調しておきたいと思います。
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