道にいる人~「守る」再考

桜木くんがよくいた三叉路。見通しがきく。

となりのクラスにいた桜木くん(仮名)は、私よりあとに地元に戻った。
私んちのすぐ近く。
お父さんが亡くなって誰もいなくなった家に、一人で戻ってきて、一人で暮らす。
運動部で活躍してた彼は、車イスになっていた。
顔合わせたらどうしたらいいのかわからない。できるだけ会わないようにと、車いすの彼を遠くに見かけたら、道を変えた。
でもそんな心配は無用だった。
仕方なく出会ってしまったとき、おどおどと挨拶すると、すごくさっぱりと気さくに挨拶が返ってきた。とてもホッとした。

彼は車いすで出歩き、ときどき車いすを押しながらゆっくり歩き、そして天気がよい日は道に出て、車イスに座りながらスマホをいじったりとかしている。よくいるのは公園の前の三叉路だ。
だから朝出勤するときに、その三差路で彼と会う。「おはようございます」と声かけると、彼は「行ってらっしゃい」と返してくれる。まるで見送ってくれる家族みたいで、すごくあったかい気持ちになる。
動けない彼を置いて私は足早に(時には駆け足で)駅に向かう。
歩けることを見せつけてるみたいで申し訳なく思うけど、残る彼は私にできない大事なことをここでしていた。
それを最近ひしひしと感じる。

森田さん(仮名)の家が最近防犯カメラをつけた。このところ近所一帯、怪しい、詐欺か強盗と思われる「工事業者」が、入れ替わり立ち替わり現れるのだ。

森田さんたちが男子会やってた公園のベンチは、工事完了後仕切りがついてしまい、3人並んで座れなくなった

娘に言わせると「防犯カメラより、森田さん自身の方がずっと防犯」。
高齢だけど足は達者な森田さんは、朝早くから暗くなるまで、毎日近所を歩きまわる。大体200m圏内くらいを、雨の日も傘も差さず、歩いている。だからあちこちに友だちがいて、近所のことは何でも知ってる。川原で釣りをする人とも親しいし、私になつかない野良猫とも親友だ。おしゃべり仲間も多くて、よく公園のベンチに老人3人、並んで座って、しゃべっている。

その公園で、去年の終わりころから工事が始まり、数ヶ月間閉鎖が続いた。森田さんを中心とした、公園での「男子会」は中断し、たぶん寒くなったためもあり、桜木くんも公園前に姿を見せなくなった。

今思えば、無言電話が相次いで、続いて詐欺みたいな人がしょっちゅう訪ねてくるようになったのは、その頃からだ。桜木くんや森田さんが表にいるとき、そんなことは起きなかった。

これ書きおわったあと外に出たら、この道のずっと奥に豆粒みたいな桜木くんの姿が見えた!お帰りなさい!(写真は事後)

目的なくぶらぶら歩き回る老人や、ただただ動かずずっといる人。いつまでも終わらない立ち話。・・・それは民家を狙う犯罪者にとって、全くもって邪魔な存在・・・。
つまりうちは、近所は、彼らに守られていたのかもと、最近気づいた。娘の言うように彼らこそ防犯だったのだ。
「守る」「守ってやる」って意識は「支配」に直結すると、前に書いたけど(→コラム「「守る」について」)、そんな傲慢な意識なしに、無意識に、彼らが町を守ってくれてた。
働いてなくても、働いていないからこそ、不自由な体だからこそ、そこにしかいられないからこそ、彼らは守り神になっている。
大木みたいに。

不自由な身で、一人暮らし。何かあったとき一番危ないのは桜木くんだ。だけど、彼が車いすで一人で暮らすことはもう近所の誰もが知ってる。みんなが通る道に出て、ただいることで、地域を守りながら、彼は自分自身も守っている。
守る。
最近姿が見えない森田さんを心配して、父がみかん持って森田さん宅に様子見にいった。

警察が促す「守る」は、正義から、排除、支配につながっていきそうで逆に怖い(葛飾警察署のカレンダー)

地域を守る人が、地域から守られる。「守る」=「守られる」。
「守る」と「守られる」が表裏一体なら、そこに支配関係は生じない。そしたら、支配につながる「守る」とは、「守る」行為そのものじゃない。「守ろうとする意識」「守ってやろうと思う心」。上に立ちたいよこしまな人間の本能が、本来の「守る」を歪めてしまっていたのかもしれない。

暖かくなってきて、このコラムが出る頃は桜も見頃かすでに終わっているだろう。先週は外壁屋がうちの資産を聞いてきて、今日は無言電話がかかってきた。娘が引越しちゃって一人暮らしの婆あになった私は、強盗が怖い。
早く来い来い桜木くん。戻ってきてくれ森田さん。

動けなくなったら、遠くに行くことができなくなったら、働けなくなったら、私もぶらぶら近所をうろつきまわる人になりたいと思う。
それで道行く人に「行ってらっしゃい」と声をかける「邪魔なババア」になりたいと思う。
年をとることが少し楽しみになってきた。
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。


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