米国のトランプ大統領はウクライナのゼレンスキー大統領との間で、ウクライナ戦争の30日間即時停戦案に合意したことを踏まえ、3月18日にロシアのプーチン大統領と電話会談を行い、その案の受入を求めましたが、不首尾に終わりました。 各種報道によれば、プーチン大統領はロシアとウクライナがともにエネルギー施設への攻撃を30日間停止することには同意したものの、戦争自体の停止には応じなかったとのことです。 一体ロシアは、この先どこまで戦争を続けるつもりなのでしょう?
ロシア紙『コメルサント』によれば、プーチン大統領は18日のトランプ米大統領との電話会談の直前に、経済関連の非公式会合を開いていたそうですが、その場でウクライナ戦争の和平交渉に関して、ロシアが併合を宣言しているウクライナ東・南部4州とクリミアをウクライナ側がロシア領であると認めるならば、 オデーサなど別の地域への領有権は求めないと語ったそうです。 さらにプーチン氏は、かつてロシアとウクライナはクリミアの領有権をめぐり協議したことがあるが、そのときウクライナがクリミアをロシア領だと認めていれば、今日の紛争は防げたとも語った由です。
上のプーチン氏の発言は非公式会合の場でのものにせよ、『コメルサント』というロシアの有力紙に報道させたということは、なかば公式的な意思表示と思われます。 つまりロシア側による侵略は、この4州の併合がウクライナ側に承認されるまで終わらないということですね。 逆に言えば、この4州の併合が承認されたら、ロシアはそれ以上の領土を求めないと解してよいでしょうか?
そこが疑わしいところなのです。 プーチン氏は、ウクライナがクリミアのロシア領有を認めなかったから他の4州も併合したと自分の行動を正当化しています。 同じ論法を使えば、ウクライナは4州のロシア領有を認めないから、ロシアは「オデーサなど別の地域」も併合するのだということになります。 そして今のところ、ゼレンスキー政権はこの4州のロシア領有を決して認めようとはしません。 とすれば、プーチン大統領はこの先「オデーサなど別の地域」への領有権も求めると言っていることになります。
実のところわたしは、プーチン大統領の領土的野心がクリミアや東・南部4州にとどまるのか疑わしいと感じています。 この4州とはルガンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソンですが、2014年5月29日、プーチン大統領はテレビ番組のなかで、大略こう述べているのです。 「肝心なことはウクライナ南東部のロシア人及びロシア語使用住民の法的権利と利益を保証することです。 この地方を帝政時代の用語で呼ぶならノヴォロシアです。 すなわち、ハリコフ、ルガンスク、ドネツク、ヘルソン、ニコラエフ、オデッサで、これらは帝政期にウクライナに属してはいませんでした。 これらはすべて1920年代にソ連政府によってウクライナに組み込まれてしまったのです。 われわれは彼らの権利を守らなくてはなりません。」
プーチン大統領がこの言を実行するならば、あと「ハリコフ」、「ニコラエフ」、「オデッサ」が残っています。 特にプーチン氏はしばしばオデーサ(ロシア語ではオデッサ)への執着を見せています。
プーチン大統領はトランプ大統領との電話会談でもこうした領土的野心を明らかにしたのでしょうか?
電話会談のなかで、具体的な領土が話題となったのかどうかは明らかにされていません。 しかし米露政府の声明をみるかぎり、領土への言及は見当たりません。 ついでながら、電話会談に関するロシア側の声明は、ロシア大統領府のホームページに掲載されていますが、両国チームによるアイスホッケーの交流試合を行うことなども話し合われたようで、かなり友好的なムードが窺われます。
米露首脳会談ではエネルギー施設への攻撃を30日間停止することが決まったとのことですが、実際にはロシアもウクライナも、エネルギー施設を含め攻撃の手を緩めていないことが報じられています。 3月20日には、オデッサに対してロシアの無人機による大規模攻撃も行われたようです(『京都新聞』2025年3月23日)。 結局、戦争はこのままずるずると続いていくのでしょうか?
ここにきて、ウクライナ側の防空兵器もついに枯渇しつつあるようです。 このままではウクライナ側の敗北という形での戦争終結になりかねません。
3月21日、米国のウィトコフ特使はジャーナリストとのインタビューで、「世界が4州をロシア領と認めることができるかが問題の核心だ」「住民投票でも大半がロシア支配を支持した」と論じ、ロシア寄りのスタンスを鮮明にしました。 同日、トランプ大統領も記者団に対し、「近く完全に停戦し、領土分割に関する協定も協議される」と述べました。 どうやら米国は、プーチン大統領が求めるクリミアと東・南部4州のロシア領有を承認する腹を固めたようです(『京都新聞』2025年3月23日)。 この問題について、米国とウクライナの代表団による会合が行われているようですが、果たしてウクライナ側は米国の提案を飲めるのかどうか。 また3月24日には、ロシアと米国の実務者レベルでの協議も行われるようですが、米国が安易にロシア側の要求に折れるようであれば、ロシアはさらに要求のハードルを上げてきそうにも思われます。 米露の協議では、黒海におけるウクライナ船の安全航行を保証する替わりに、経済制裁の緩和をロシアが求めるのではないかとの観測もあります。 ロシア側の出方をさらに注視したいと思います。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。