かわらじ先生の国際講座~日米首脳会談を振り返る

画像なし訪米のため、2月6日午後に日本を出発した石破首相は、7日(現地時間)に日米首脳会談や共同記者会見等を行い、9日夜に帰国しました。1泊3日、米国での滞在時間が24時間なのに対し、フライト時間は25時間という文字通りの「弾丸出張」だったようです。きわめて厳しいスケジュールのなかでのアメリカ訪問だったわけですが、その成果はあったのでしょうか?首相周辺が「大成功」と評するのは当然として、概してマスメディアの報じ方も好意的で、日米の連携強化が確認された点では「与野党が評価」(『讀賣新聞』2025年2月9日)とのことですが、実際のところどうなのでしょう?

今週の半ばから衆参両院の本会議で首相の訪米に関する質疑応答が行われますので、そこで具体的な成果や問題点が検証されてゆくことと思いますが、政府としては大成功だったと実感しているのは確かでしょう。

画像なしそれはなぜですか?

メディアの報道をみるかぎり、今回の訪米目的はわりと単純な構図に収まると思われるからです。すなわち日本側はトランプ大統領の歓心を買うことに徹し、トランプ氏が欲することをずらりと並べて提示する。その見返りとしてトランプ大統領からは石破首相への高評価と、石破政権の長期安定化の保証を取り付ける、というのが日本側の思惑だったのではないでしょうか。
石破政権は少数与党という悪条件のなかで支持率も低迷し、自民党内部からも足を引っ張られ、どこまでもつのか危ぶまれていますが、一体に日本の首相は、米国大統領の後押しがあればまず安泰なのです。トランプ大統領が見ず知らずの石破氏をやたらと褒めちぎったのも彼の気まぐれではなく、たぶん日本側の求めに応じてのパフォーマンスだったのではないかとわたしは推測しています。現に今回の首脳会談はじっくりと政策論議をするというよりは、パフォーマンスずくめだった感があります。

画像なし具体的に言うと?

主要日程の内訳は、少人数会合(首脳会談)約30分、拡大会合(ワーキング・ランチ)約1時間20分、日米首脳共同記者会見40分弱でした。このうち首脳会談は、一般的には最初の数分だけメディアを入れて公開とし、そのあとの大部分はクローズド(非公開)として、部外秘扱いの討議がなされるものなのですが、今回はなんと20分以上もメディアに公開し、時にはメディアの質問にトランプ氏が答えるというサービスぶりでした。つまり両首脳はサシの真剣討議もせず、せっかくの首脳会談の時間も互いを褒め合い、親密ぶりをアピールするパフォーマンに費やしてしまったわけです。共同記者会見でも両首脳がお互いをほめそやす場面が目立ちました。
トランプ氏は再三、故安倍晋三氏に言及し、その業績をたたえながら、石破首相がその正当な後継者であることを強調し、石破氏が「偉大な資質」をもったすばらしいリーダーであると称賛したのです。石破首相も、記者からトランプ大統領の印象を問われると、「彼は非常に誠実で、非常に力強く、米国と世界全体に対する強い意志を持っている」等々と賛辞を連ねるといった具合でした。

画像なし今回、日本側は「トランプ氏が欲することをずらりと並べて提示」したとのことですが、その具体的な中身は何ですか?

まず安全保障面では、会見でトランプ氏は、日本が2027年度をめどに安保関連費をGDP比2%にし、その後も引き上げることを歓迎しました。さらに日本が近々10億ドル(約1510億円)の防衛装備品を米国から購入することを承認したとも述べました。
経済面では、日本が対米投資を1兆億ドルという、かつてない規模まで引き上げることが約束されました。また日米間の懸案になっていた日鉄によるUSスチール買収問題についても、日本側は買収案を引っ込め、USスチールに日鉄が「投資する」というトランプ氏が望む方式をとることに賛同しました。さらに、日本が米国産の液化天然ガス(LNG)の輸入枠を拡大することでも一致をみました。要するに日本はこれから、軍備やエネルギー資源などを含めた米国製品を一段と購入していくこと、そして、アメリカの産業に対し精一杯の投資をしていくことを約束したわけです。

画像なしそれが日本の利益になるなら結構だと思うのですが、まるで「アメリカ・ファースト」のために日本が貢献(もっと言えば奉仕)しているようにも感じられるのですがいかがでしょう?

トランプ氏が一番気にしている対日貿易の赤字問題を少しでも解消するためには、米国製品を購入し、米国に投資するしかないのでしょう。さもなければ日本も米国に関税引き上げという措置をとられかねないからです。しかし、日本の生産者からしたら、納得できませんね。日本の企業も倒産が相次ぐなど、大変な苦境に立たされています。それなのになぜ、日本政府は日本企業ではなく米国企業に投資する政策をとるのか。米国ではなくまず日本国内に投資すべきではないのか。そんな不満が渦巻くはずです。また、日鉄がUSスチールに「投資」するというのもおかしな話です。日鉄は投資家ではありません。同業者であり、ライバルです。なぜ日鉄がライバル企業に投資し、その経営を助けなくてはならないのか。まるで「敵に塩を送る」行為です。日本政府は日鉄にそんな条件を飲ませようとしているわけです。

画像なし石破首相はなぜもっと強く日本の国益を主張できないのでしょうか?

日米関係を外交の基軸とし、自国の安全を米国による「拡大抑止」に依存している日本の宿命と言ってしまえばそれまでですが、それでもこの首脳会談のなかで、日本側は尖閣諸島を含む日本の領土保全への米国の「100%」の保障を取り付け、「日米関係の新たな黄金時代の追求」という、米国との特別の関係を誇示できたことは日本にとってのメリットとの評価もできます。石破首相がどんな思いでトランプ大統領との交渉に臨んだのか、帰国後のインタビューで自ら述べていますので、それを紹介しておきます。


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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰


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