初詣をかねて祖父母のお墓参りに行くと、もうしばらく誰も来てないみたいで、ちょっと荒れ果てた様子だった。
父母も、たびたびお花やお線香を添えてくれてた親戚も、みんな高齢化してしまい、もはや墓参りに行くのは私と娘だけになってるのだ。
父母はこのお墓に入るつもりがなく、樹木葬の予約を入れている。「○○一族」と立派な字で書かれたお墓だけど、私の知る限りこの「○○」は今や父母だけだから、もうすぐこの墓は訪れる人がなくなり滅びるだろう。
同じ墓地内にある親戚のお墓も事情は同じ、女ばっかで跡取りはいない。で前は「△△家(うちとは違う名字)の墓」と刻されていたのを、「先祖代々の墓」に変えた。△△でない名字のおばさんもこの下に一緒に眠っているけど、ずっと誰も来てないみたいに寂れている。
女の多い家たちは、こんな風に行き詰まり、消滅していく。
私はここにこうして生きているのに。
親戚ん家だって、3姉妹がそれぞれ結婚したり子を産んだり、みんな元気にやってるのに。
じゃあ一体、消滅したものって何なんだろう?
人と人が好き合って一緒に暮らす。
それを「結婚」という言葉でやると、この国では一方がもう一方の姓を食べるみたいなことになる。
一方が姓を捨てなくちゃいけない。
それは一方が、今までの自分とか、家とかを、捨てる、ていうこと。
大概、女の方が捨てる。
そして産まれた子どもも大概男の方の姓になる。
結果、女ばっか産まれる家は没落・崩壊していくし、男の多い家は逆に領土を広げ子孫繁栄、隆盛を極める。
まったくクソな慣習、不条理な制度だ。
だから多くの女性が、仕事上は旧姓で通したり、婚姻届を出さなかったりして、この時代遅れの制度に抵抗している。すごいカッコいい女性たちだ。
ところが私には、そんな抵抗の気持ちが一ミリもなかった。
自分の名字(旧姓)がいやだった。
望んで所属したわけでもない自分の「家」。それをあからさまに現わす、ダサい旧姓がいやでしょうがなかった。これが自分と思いたくなかった。
だから、結婚して名前が変わったのはホントに心から嬉しくて、
お仕着せでない「塔島ひろみ」という名になって、やっと自分を得た気がした。
私にとって、夫婦別姓を主張できる人たちは、誇れる自分自身がある、うらやましい、強く、華々しく、違う世界の人だったのだ。
親戚は名字が違うおばさんやその子どもたちまでも合葬できるように、「先祖代々の」に墓石を変えた。それで誰も困っていない(むしろ解決)。
名字が違う人が家族にいるって、別におかしなことでも、困るようなことでもない。だって人にとって名字って、ホントは全く本質じゃないから。名字が人に物質的な影響を与えることなんかできないんだから。
そしたら私は、旧姓を捨てて一体何から脱したのか。
実体のない全然どうでもいいものなのに、なぜか人は名字にこだわり、名字があることで問題が起きる。振り回される。時に争う。
名字という「家」。「家」制度はすでにないのに、その残り火みたいな迷惑な存在。
親の飼いネコには姓がない。それで誰も困っていない。
人にも名字なくてもいいんじゃ?
少なくても子に同じ名字はやめようよ。(自分はしてる)
っていうか、大体この制度が進んでいくとどんどん名字の数が減り、最終的には一個の名字に統合されるんじゃ?(*)
そしたら名字の意味ないよね?
あれこれ考えながら、自分が入ることはない寂しい○○一族のお墓に水をかける。
名字は違っても、結局私はこの下に眠る人たちの末裔で、ひとまずもう私しか参る人がいないので。
(*)新聞にXX年後は佐藤だけになる、という記事を見かけたのを思い出して調べたら、東北大学教授・吉田浩氏の「日本における佐藤姓増加に関する推計方法と結果について」(2024・03・20)という論文が見つかった。現行制度が続いた場合、500年後に佐藤が名字を全制覇、選択的夫婦別姓になった場合は制覇にそれより800年長くかかり、でもたぶんその前に日本人自体が少子化で滅亡するということだ。
https://think-name.jp/assets/pdf/Sato_estimation_yoshida_hiroshi.pdf
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。
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次回の車掌27号かるた大(小)会の次回は2月24日。南伸坊さんがゲストで札を読みます!
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車掌27号第8回かるた大(小)会、2月24日(月・祝)開催です。会場は文京区男女平等センター、いつもと違うのでお間違いなく。ゲスト読み手は南伸坊先生です! pic.twitter.com/JtEczerlIC
— 車掌編集部かるた係 (@63kSAKH6BL7UIZQ) January 24, 2025