ここ最近、国際情勢が一段と混迷を深めているように思われます。特にウクライナ戦争の行方がよくわからなくなりました。米国はウクライナに対し、米国製ATACMSによるロシア本土への攻撃を初めて認め、現に攻撃が始まりました。ロシアはこれに対抗すべく、核兵器ドクトリンを改定し、通常兵器の攻撃に対しても核使用の可能性があることを表明し、新型の中距離弾道ミサイル「オレシニコフ」をウクライナ攻撃に初めて用いました。そもそも米国のバイデン大統領は、退任間近のこの時期になって、なぜ急に強硬策に転じたのでしょう?
もっともな質問です。来年1月にはトランプ氏が大統領に就任するのですから、バイデン氏としては新しいことは次期政権に委ね、自分は残務整理に専念すればよさそうなものなのに、なぜそうしないのかということですね。実際トランプ氏は、大統領就任後にウクライナ・ロシア担当特使というポストを新設し、第一次トランプ政権下で副大統領の補佐官を務めていたキース・ケロッグ氏を起用することを発表しています。ウクライナ戦争終結に向けた準備はすでにスタートしているのです。
そして実はこうした事情が、ウクライナ戦争を現在激化させている要因の1つなのです。
それはどういうことですか?
トランプ氏はウクライナ戦争を早急に終わらせることを選挙公約の目玉の一つにしてきましたし、ウクライナへの軍事支援が国益に沿わないと考えています。彼を支える共和党も同様です。ですからウクライナ戦争終結に向けて米国の新政権が本気で行動を起こすことは確かでしょう。
とすれば、ウクライナもロシアも本腰を入れて和平交渉に備えようとしているはずです。その場合、少しでも有利な条件で交渉を進めることが必要だと双方は考えます。劣勢な立場で交渉に臨めば、相手に譲歩を強いられます。優位な立場で交渉するには、より多くの打撃を相手に与え、戦闘停止を相手のほうがより強く望むような条件をつくっておくことが得策なのです。これはウクライナ戦争に限らず、和平交渉が近づいた戦闘においてしばしば見られる現象です。兵士や戦争に巻き込まれる住民からすればたまったものではありませんが。
ということは、今ウクライナ戦争が激化しているように見えるのも、実は停戦交渉が近いことの裏返しとみればいいのですね。今までウクライナ側は徹底抗戦を唱えてきましたが、ゼレンスキー大統領は停戦に向けて、何か腹案はあるのでしょうか?
実はこの数日、ゼレンスキー大統領は一部領土の放棄を含む、いわば現実的な路線への転換を口にし出しているのです。たとえば11月29日、英国の民放テレビとのインタビューのなかで、ロシアが実効支配しているウクライナ領以外のウクライナの領土をNATOの傘のもとに置き、これ以上ロシアが侵略を進めない保証を得ることが必要だと、ウクライナのNATO加盟を交渉のための条件に挙げました。また、すでに奪われた領土に関しては、外交的手段によって奪還が可能との見方も示しています。
さらに12月1日にも、わが国の共同通信と単独会見を行い、NATO加盟の必要性を訴えるとともに、クリミア半島などの奪われた領土を戦争によって取り戻すことは困難なこと、今後は外交的解決を図らなくてはならない旨を述べています。
一方、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナがNATOに加盟しないことを和平の譲れない条件として主張し続けていますので、この根本的な問題を仲裁役の次期トランプ政権がどう捌くかが一番の注目点でしょう。
ウクライナ戦争を展開するなかで、ロシアが北朝鮮との軍事的関係を強めていることも問題を複雑化させていませんか?
そのとおりです。北朝鮮の報道によれば、11月29日に金正恩総書記が平壌でロシアのベロウソフ国防相と会談した由です。ウクライナと戦闘を続けるロシアへの兵器や兵士の追加提供を協議した模様です。「トランプ次期米大統領が意欲を示す停戦交渉を見据え、協力を深めて有利な戦況を展開する狙いだ」と見られています(『日経新聞』2024年12月1日)。
他方、トランプ氏は大統領就任後、金正恩氏と首脳会談を行う検討をしているとの報道もあります。
その実現性は未知数ですが、もしかりに米朝関係に何らかの好転が見られるならば、米露関係とも相関しますが、ウクライナ和平のための障害が一つ取り除かれる可能性も出てきます。ウクライナ戦争が和平に向かうかどうかは、それに連動する繊細かつ複雑な問題をどう解きほぐしてゆくかにかかっていますが、トランプ次期政権を支える新たな人員の力量が問われるところです。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもある。 俳句誌「伊吹嶺」主宰。