少し遅刻してしまった。車座になっている人数は30名強か。情勢の分析の最中だった。5,000名のアリーナがなぜ必要なのか、などの行政批判。評論家のような賢そうな知見が展開されていた。演劇人の参加は少し増えている。けれど多くは前回のように文化団体。活発に発言があるのは行政とのつきあいになれた文化人のような人たちで、トンカチをもって平台をたたきそうな人は声を出していない。
この際、連絡会をつくることにはなっていたらしい。その目的を明文化しよう、団体名を決めよう、という具体的な議題になった。私はもう義務感の塊で、ここで一回だけ発言して帰ろうと思った。どうせ黙殺されるだけだと承知の上で。
「要望し、学習する、のはすばらしい。それにくわえて“運営を担う”という文言を入れてほしい。“実際の運営は役所の公務員が決めて、仕切る”というのが最悪の公共ホールになる近道。機械的に公平なルール、トラブルを嫌悪するから最低限しか使わせない実際の運用、短い使用時間、自由のなさ。そうならないようにするには、実際の創造者が構想・設計段階から会議に入り、決定に参与し、発足後の運営も担うのだ、と迫るべきだ。でないと、私たち小劇場の人達が一切使う気にならない、よくある“役所の無目的ホール“ができるだけだ。創造者が受け身で文句ばかり言うのではなく、能動的に決定と実行と責任を負う体制を求めるのがいい。」偏った意見ですから反論ください、と言い添えたら、反論があった。文化人のような方から。劇場管理経験者から。「運営は役所がやるもんなんですよ公共施設というのは、私たちは要望する。出来上がったら市が運営する。そういうものです。」「目的に”運営を担わせろ“と入れてしまった瞬間から、市はそんな団体の意見は聞かなくなる。」「運用を市民ができますか？そんな重い負担までできない。」
いちいちに私は反応した。合計三回は挙手しただろうか。「箱の形も大事だが、もっと重要なのは運営の実際だ。そこにこそ働きかけたい。運動だし、交渉ごとだ。ハッタリも必要。願望は盛り込めばいい。」「松山市は聞く耳持たないのかもしれない。しかし他都市ではちがう。なら聞く耳持たせるようにこじ開ければいい。」「創造者・市民が運営に深く関与している例は他都市ではいくらもある。若者が出てきますよ。ここでもやってみたらできる。失敗は覚悟して、チャレンジを宣言すべきだ。」
その反論に反反論をまた言う人がいて、異論も極論もあって、挙手に次ぐ挙手。司会者はさばくのに四苦八苦した。私は驚き、興奮した。私の意見が批判されることも、むしろ楽しかった。ここは日本なのか？初対面なのに、こんなに活発に主体的に意見を発しあう会が出現した。そんな仲間が、ここにいる。
司会者は小劇団のリーダーだが、ぎりぎりまでこの議論の沸騰を楽しんでいるようだった。「残り20分でこの会の名を決めたいのですが」。かっこいい、なんとかnet workとかカタカナ名前が提案されたから、私は和名を主張した。「ど真ん中に小劇場をつくる会」。若き女子が批判した。「会、ってダサい。」「そのダサさが好き」別の女子が反批判した。これも簡単には決まらなくて楽しい。「ネクスト　えひめ　カルチャー　オーガニゼーション　略称NECO」に決まった頃は会場の退出時間を過ぎていた。結局、そうだ。ねこの会だ。長年松山で小劇場の灯を守り続けたシアターねこを皆が愛惜している。あの、ねこのような開かれた創造の場を。皆がこの名には合意した。拍手。笑顔。背中をたたきあいたいような連帯の気持ちを、私は感じた。
死んだ子の歳を数えるような会ではいかんのじゃないか。とも思う。けれど、ねこが果たしてきた仕事の偉大さを引き継ぐ精神は必要だ。
この運動はまだ小さく、弱い。敗北が待っているのかもしれない。京都で私たちがやったときより、逆境度合いがひどいのが松山の状況だ。政治風土の保守度合いがひどい。そのなかで踏ん張るのには限界もあるだろう。けれど、敗北にも意味がある。次につながる。市民・創造者が自ら意見を出して、批判しあって、物事が動く中心になって、皆が一瞬共通の夢を見た。…いい小劇場は、建物じゃなくて、人の群れのことだ。いい病院っていうのは、「いい医者」のことを言う。「いい建物」ではない。じゃ、こういう議論自体が、いい小劇場をつくっていく建設現場じゃないのだろうか。（劇作家　公認心理士　鈴江俊郎）