かわらじ先生の国際講座~日米同盟と核兵器

画像なし日米両政府は7月28日、外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を開いた後、同じメンバーで「拡大抑止」に関する初の閣僚会合を東京都内において開催しました。日本側は上川外相と木原防衛相、米国側はブリンケン国務長官とオースティン国防長官が出席しました。この2つの会合の内、特にメディアで注目を集めたのは「拡大抑止」に関する閣僚会合です。この会合の意義は何だったのでしょう?

各種メディアが報じているように、ポイントは2つあります。まず1つめは、この「拡大抑止」に関する閣僚レベルの会合はこれが初めてだということです。「拡大抑止」に関する外務・防衛事務レベルでの協議は2010年以来行われてきました。それが今回初めて大臣レベルに格上げされたのです。
2つめは「拡大抑止」の中身に関わることです。「拡大抑止」とは、一言で言ってしまえば、米国が自らの核抑止力を自国のみならず、日本にまで拡大して行使するということです。別言すれば、米国の「核の傘」に日本が入ることです。米国の核兵器に根拠付けられた「拡大抑止」を一段と明確化し、強化してゆこうというのが今回の閣僚会合の目的だといえるでしょう。

画像なししかし日本が米国の「核の傘」に入っていることはずいぶん前から言われており、いまさら大臣レベルで確認するまでもないと思われるのですが、どうなのですか?

「核の傘」の議論は、1965年1月の日米首脳会談にまで遡ります。中国の核実験成功に危機感を強めた日本政府は、自らも核を持つか、米国の確かな「核の傘」の中に入るかという選択に揺れます。当時の佐藤栄作首相は、ジョンソン米大統領に対し、米国による「核の傘」の保証を要求し、その約束を取り付けたことと交換に、自らは核を保持しないとする「非核3原則」を発表しました。
以来、日本が米国の「核の傘」によって守られていることは日米両国の様々なレベルで確認されてきましたが、他方で、その確実性に関しては絶えず疑念がつきまとっていました。想像してほしいのですが、もし米国が日本を守るために核兵器を使用すれば、その報復として敵国は米国へ核兵器を飛ばすかもしれません。日本国民を守るために米国民が核の犠牲になるといった戦略を米国が本気で採用するだろうか。そうした疑念はずっとあり続けたのです。
2009年に米大統領に就任したオバマ氏は、「核なき世界」をスローガンに活動を開始しました(それが評価され、同年にオバマ大統領はノーベル平和賞を受賞しました)。この核廃絶を目指したオバマ政権に対し、日本政府は不安を募らせました。オバマ政権の下で「核の傘」が無効にされるのではないかと警戒したのです。そこで、主として日本側のイニシアチブで、外務・防衛事務レベルによる「拡大抑止」協議が開始されたのです。この協議の継続によって、米国の「核の傘」の存在を確認しようとしたわけです。

画像なしその事務レベルでの「拡大抑止」協議が今回、初めて「拡大抑止」閣僚会合という形に格上げされ、開催されたのですね。しかし大臣レベルに格上げされたからといって、何かが変わるのですか?

第一に、目標が明確化されました。外務省のホームページには、この閣僚会議の共同発表文書が公開されています。

その文言の一節を以下に引用します。
「閣僚は、北朝鮮による安定を損なう継続的な行動及び不法な核・弾道ミサイル計画の持続的な追求、中国による加速している、透明性を欠いた核戦力の拡大、そして北朝鮮との軍事協力の拡大及び不法な武器の移転を通じたものを含む、ロシアによる軍備管理体制及び国際的な不拡散体制の毀損といった、一層悪化する地域の安全保障環境について評価を共有した。」
分かりづらい文章ですが、要するに、北朝鮮、中国、そしてロシアの核兵器に対抗すべき「拡大抑止」を日米は強化していかなくてはならないと考えているのです。

画像なし繰り返しますと、北朝鮮、中国、ロシアの核兵器に対抗するために、日米は結束して、米国の核兵器を「拡大抑止」として用いようということですね。で、肝心の米国の核兵器はどこに配備されるのですか?

実はそこがすっぽり隠されているのです。北朝鮮、中国、ロシアの核兵器に対抗すべき核兵器が米国本土にあるということであれば、万一核戦争に至った場合、核攻撃のターゲットになるのは日本でなく米国本土です。そんな戦略を米国は決して採用しないでしょう。また、公海上を巡航する米艦船に搭載された核兵器を用いるということであれば、従来どおりの戦略であって、ことさら日米閣僚間の「拡大抑止」会合を開く意味はありません。

画像なしとすると、日本の領土もしくは領海に米国の核兵器が配備されるということになるのですか?

その可能性は否定できません。米露両国はすでに中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)を破棄しています。中距離核戦力は同盟国に配備するための核ミサイルです。それが冷戦時代のように復活すれば、同盟国である日本も配備先として検討されるのは必然でしょう。中国や北朝鮮を標的とするならば、いよいよ日本の重要性は大きいと米国は見なすはずです。
米国が核兵器をNATO加盟5ヶ国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコ)に配備していることは周知の事実です。

このうち、トルコ以外の4ヶ国とは「核共有」という形をとっています。今から2年前、故安倍元首相が米国との「核共有(核シェアリング)」を提起したことを想起したいと思います。その時、岸田首相はこの考えを否定していました。

しかし、北朝鮮、中国、ロシアの核兵器の存在がクローズアップされる中で、いよいよわが国もこの「核共有」へと舵を切替えようとしているのではないか。その第一歩が7月28日に開かれた第1回「拡大抑止」閣僚会合なのではなかろうかと憶測しています。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。 同大学院修士課程修了。 専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。 俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。 俳句誌「伊吹嶺」主宰


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