たとえばカステラ

文明堂のカステラは全部このサイズに切れている。お腹がすいてても、お腹が痛くても、お相撲さんでも、6人家族でも、調整はできない。

たとえばカステラ。
箱開けて食べようとするとすでに切れている。切る手間が省けて、親切だ。
が、なんだか一切れがちょっとでかい。
自分で切ればも少し薄くして、その分回数多く楽しめるのに、これだとあっという間に終わっちゃう。
かと言って、わざわざその一切れを更に切って思い通りの大きさにするのは、馬鹿げている。
しかたなく、そのままの一切れを食べる。多いな、と感じながら、もぐもぐ食べる。
そんなとき、心の中で「負けた」と思う。(文明堂とかに)

SDGs支援を打ち出したやる気のある封筒に入って、回答は届いた

「SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS」のロゴが大きく印刷された封筒に入って、葛飾区から封書が届いた。
見るとそれはわたしが出した要望書への回答だ。
前々回のコラムで取り上げた、区内にはびこる排除ベンチ。その邪魔な仕切りがあるわけを尋ね、外してほしいと要望する手紙を、区長宛て(実質「すぐやる課」宛て)に出してたのだった。
回答にはこうあった。

公園内・道路上のベンチの仕切りは、長時間ベンチを占有してしまい、公園利用者や歩行者が一時的な休憩に使えなくなってしまうことを防ぐとともに、仕切りが座る位置の目安となり、より多くの利用者が使えるようにするため設置してきた経緯がございます。また、高齢者等が立ち上がる際、手すりの役割も果たしています。

稼働率0%の不便ベンチ(葛飾区内)

「座る位置の目安」「立ち上がる際の手すり」というのは、仕切りの目的は野宿者排除ばかりじゃないよ、としたいがために付け足された、いかにも苦し紛れの説明に見えた。
でも「座る位置の目安」、という字を見つめてたら、上述のカステラのことが思い出され、それから一昔前、全国の書類が一斉にB5からA4判に変わったこと、そのあと紙だけでなく持ってたB5用ファイルまで全部役に立たなくなって苦々しかったこと、それからワードで「前略」と入れると勝手に「草々」が現れることなんかを、思い出した。

標準サイズのお尻が、標準的な方法で座る。
平面上の「線」なら「目安」だけど、固定された立体物である仕切りは「目安」を通り越し、その「標準」を全利用者に具体的に押し付け、強制する。
だから、詰めれば、また子どもなら3人座れるベンチも、2人の人が少し離れて座る、ということしかできないし、愛し合う2人がくっつきあって座ることもできないし、寝そべったりお弁当広げたりもできないし、とにかくいろんな「標準」じゃないお尻、「標準」じゃない座り方、使い方を排除して、A4判に揃った書類みたいになればなるほど、ベンチは公共の福祉に近付く。という思想が、この「座る位置の目安」という言葉の根底にある。そんな気がした。

標準希求ベンチの横では、植物も同じ高さに刈り揃えられ標準化していた(葛飾区内)

区が目指すSDGsの理念である「だれ一人取り残さない社会」とは、きっと「一人残らず人すべてがA4判にそろった社会」のことなんだろう。

今野宿生活を送っている人の多くが、こういう規格社会になじめなかった、確固たる「自分」がありその「自分」と「標準」との間に距離があった人たちなんじゃないかと思う。そのゆえに社会から排除され困窮して家をなくしベンチがあったら寝そべりたいのに、「長時間寝そべる」はベンチの標準の使い方でなく公共の福祉に反すると、また排除する。でそうやって野宿者を寝そべれなくしたベンチは、見るとほとんど使われていない。空き空きである。それはなにしろ、結局不便だからだよ!

人間A4判化の極め付けは、人をA4判のおよそ8分の1サイズに押し込める「マイナカード」だ。国民全員が「番号花子」になることを、行政は望んでいるのだろう。

今読んでる本に、機械音声の世論調査は質問項目が限られてて、疑問があっても聞くこともできない、世論調査が人々の認識を操作したり管理したりできちゃうんじゃないか、と書かれていた。
そっか、気をつけないと「規格」内に誘導されちゃう。たとえばさっき、あ、今も、パソコンで「たとえば」と打って変換したら「たとえば」とひらがなのままだった。でそのまま「たとえば」にしたけど、変換押して最初に「例えば」が出てきたらわたしはパソコンが選んだ通り「例えば」にしてたと思う。知らず知らず、マイクロソフトに「負けた」、とも思わずに!
だから、ベンチがすいてるうちはまだ、安心かもしれない。SDGsの思わく通り、いつかどのベンチも目安に沿って一時的に利用する高齢者で大繁盛になり、疲れて座ったわたしがヨイショと、仕切りを手すりにして「負けた」、とも思わずに立ち上がる日が来ないことを祈るばかりだ。

回答書の最後にはこうあった。

仕切りを撤去する予定はございませんが、他事例や今後の社会情勢を注視しながら、必要に応じて検討してまいります。

「他事例」そして「今後の社会情勢」。
「標準」ぽい人たちがこのベンチの使いにくさに気づくとき、このベンチの意地悪さに気づくとき、その気持ちが「標準」になったとき、その時こそ総務部すぐやる課は腕をまくり、きっとやってくれるはず! 希望はある。
そのためにも、この拙文を読まれた方、もし彼らの思う「標準」を覆すような「他事例」を見つけたら、知ってたら、ぜひ、ご一報下さい、お願いします。

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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。


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