Twitterに「名刺代わりの10冊」というハッシュタグ(特定の話題を示すために追記されている、#がついた目印)があって、選ばれた10冊を見ると、その人の人柄や考え方がわかる気がします。自分が選ぶとしたら藤沢周平の「蝉しぐれ」は絶対入れたい。でも読んだのが2006年で川のそばで隣家の娘ふくが蛇にかまれるのと、文四郎が父の亡骸を荷車で懸命に家まで運ぶ場面、ふくを連れて舟で逃げるのしか憶えていません。文四郎の父の助左衛門が切腹した理由も蝉しぐれがどんな場面で出て来たかも記憶にないので、16年ぶりに再読しました。
お世継ぎを巡る稲垣派と横山派の権力闘争に巻き込まれ、横山派だった父の死後、文四郎は家禄を減らされ、屋敷から長屋に引っ越しさせられる一方、隣の家に住んでいたふくは奉公の為に江戸に行き、藩主の手がついて側室お福さまに。再読すると助左衛門が実にカッコいい。嵐で川が氾濫しそうになった時に堤防を切開する場所を変更する様に訴えて村を守り、切腹前の文四郎との最後の対面では「わしは恥ずべきことをしたわけではない。文四郎はわしを恥じてはならん」と言い、文四郎への最後の言葉は「道場の若い者の中ではもっとも筋がいいそうだな。はげめ」。江戸時代の武家の親子が実際にどんな言葉遣いをしてたかはわからないけど、そのやりとり、助左衛門の風格に圧倒されます。父との今生の別れをした後、文四郎が外に出るとひびくほどの蝉の声が戻って来た。蝉はその前も鳴いてたかも知れないけれど、緊張していると蝉の声なんて耳に入らないですよね。その辺りがとてもリアルです。
父の死後、文四郎は剣の腕を磨き、秘剣村雨を唯一の伝承者である加治織部正から伝授されるんですが、織部正の物言いも態度も威厳があって魅力的です。汚い輩もいるけど、手本にしたい様な尊敬すべき大人達が周りにいることで後に続く若い者も誠実に生きようとするんですよね。少年藩士だった序章から数十年の時を経てお福さまと対面するラストにも蝉しぐれが響いていました。巧みな描写で臨場感たっぶりに描き出す藤沢周平の世界はやっぱり魅力的です。そして藤沢自身にも今の作家にはない風格の様なものがあって、ああ、昭和の作家さんだなと改めて思ったのでした。他にも好きな作品はあるけれど、「名刺代わりの10冊」に藤沢作品を入れるとしたら、やはり私は「蝉しぐれ」を選びたいと思います。(モモ母)
Weekend Review~「蝉しぐれ」
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