社会保障の話をすると、どうしても未来の年金や介護保険制度の存続の話に関心を持っていきがちなのですが、「社会保障論」としては過去の流れにも関心を向けたいところです。
社会福祉士の国家試験の勉強をすると、国内外の社会福祉に関する活動に取り組んだ人について知る機会があります。私は元々大学で社会福祉を学んだわけではなく、社会人になてから国家資格を取得するために受験勉強をしたため、人名は暗記する程度にしか勉強をしなかったのですが、この機会にもう少し詳しく見てみました。基本的な内容ですが、今回はその中でチャールズ・ブースについて紹介したいと思います。
チャールズ・ブースはイギリスに生まれ、1800年代後半から1900年代の初めごろに活動した人です。有名なのはロンドンでの貧困調査で、その結果を『ロンドン市民の生活と労働』という全17巻の報告書としてまとめています。その中で、ブースはロンドン市民のうち30.7%が貧困であると報告しました。その結果は、当時のイギリス社会に大きな影響を与えたそうです。また、ブースは当時主流だった、貧困が個人の怠惰等、つまり個人の責任によっておこるとの考えではなく、社会的な要因によって起こっているものであると提唱しました。この調査という科学的手法によってもたらされた報告は、その後の社会保障につながる制度の発展につながったという流れです。
大学でブースやその後ヨーク市で社会調査を行ったラウントリーについて授業で紹介すると、学生からは「ブースやラウントリーは一人でどうやって膨大な調査をおこなったのだろう?」という素朴な疑問から始まり、日本の今の貧困状態に関心を持つコメントが聞かれます。社会調査の実際の取り組みは、一人で行ったのではなく調査員を使って行われているわけですが、それでも当時にその調査を行おうと考えたブースやラウントリーが、調査員を用意できる状況にあり、調査を実施したというのは、よく考えると凄いことだなぁと思います。
また、今の時代でも私たちはしばしば、貧困に困る人の原因について個人の行いをみて考えがちです。一方で、例えば貧困は連鎖することや、連鎖を打ち切るために教育を受ける機会を確保することが行われていることを知っている人も多いでしょう。ブースの調査結果では、30%を超える人が貧困状態にあるということでしたが、3割の人が個人的な原因によって貧困状態になっているというのを示したことは、当時も今に至るまでも、非常に大きな意味があると思います。
今の日本では、ひきこもり支援やヤングケアラーの支援など、ここ数年でこれまでも存在していたが支援の手が届きにくい人々への支援の取り組みが注目されています。いずれにしても、個人だけの問題ではなく、その人の周囲の人間関係や社会とのつながりの部分で何らかの難しさが発生し、その結果、状況が特定の個人への影響として出ている状況です。学ぶ機会を失うことや、働く機会が得られないことは、収入を得にくい・得られないという状況に容易につながることが想像できます。
ブースの調査結果の発表から120年ほどになりますが、私たちは直感的に善悪を個人の行動につなげて解釈するのではなく、繋がりある社会の状況を広くとらえ、貧困や生活しずらさの原因を求めることが大切だと思います。
「ブースは、ロンドンで貧困調査をした」という丸暗記勉強法では、その調査の結果や意味まで考えることは難しいのですが、すこしその人物の行ったことを知ると、やはりテキストに記載されているだけのことはあり、活動は今の社会にも影響をもたらしていると判ります。過去を知ることで、将来について考える視野も広がる気がします。
参考:新・社会福祉養成講座12社会保障 社会福祉士養成講座編集委員会編集 中央法規 2020発行