かわらじ先生の国際講座~対立と統合、或いは同質化

2022年がスタートしました。今年の国際情勢はどう推移すると予測しますか?

個々の事件や事象を予想するのは困難ですが、大づかみに捉えるならば、対立と統合が同時進行してゆくことになるだろうと思います。ただし「統合」とは異質な、「同質化」の現象が加速しないかとも危惧しています。

話が抽象的で、論旨がよくわかりません。もう少し具体的に説明してください。

まず「対立と統合」に関してですが、『京都新聞』元日付の国際面(11面)がこの点を鮮やかに浮かび上がらせています。紙面の右半分は「米、侵攻なら『断固対応』」という見出しで、ウクライナをめぐる欧米とロシアの対立を報じています。ところが左半分は「RCEP発効 東アジア地域が世界貿易の『重心』に」という記事で、経済統合のプロセスを伝えているのです。

軍事面、政治面における「対立」と、経済面における「統合」が同時に進んでいると理解してよいですか?

そうです。この潮流を改めて整理してみましょう。「対立」に関していえば、米国のバイデン大統領が昨年、諸国家・地域を「民主主義」陣営と「専制主義」陣営に二分し、世界は両陣営間の闘争の場であると規定しました。「専制主義」体制のトップは中国とロシアで、中国は台湾への、ロシアはウクライナへの侵攻を画策していると警鐘を鳴らしています。そして昨年12月には、米国主催の「民主主義サミット」をオンラインで開き、そこに台湾も招待したうえで、民主主義陣営の結束を呼びかけました。こうした政治思想による世界の二分化は、冷戦時代を髣髴とさせるものです。米国主導による「Quad」や「AUKUS」の結成は主として中国軍の海洋進出に対する対抗措置ですが、これには中国のみならずロシアも反発し、中露の軍事的結束が一段と強まっています。
ところが経済に注目すれば、先に述べたようにRCEPがこの1月に発効し、日本や中国など計15ヶ国による世界最大級の経済圏が成立します。また中国は、TPPへの加盟も申請しており、貿易・経済面では中国抜きでの統合は考えられません。ロシアにしても、天然ガスの供給等でEU諸国との結びつきは極めて強固であり、相互依存関係が歴然としています。さらに地球温暖化対策などは国境を越えた取組が不可避で、これも国際統合を推し進める重要な要素です。新型コロナウイルスの感染拡大などに伴い開催が遅れている核拡散防止条約(NPT)再検討会議は今年8月に開催される予定のようですが、これも核軍縮に向けたグローバルな動きですから、安全保障面でも国際的な「統合」の努力は続いているといえるでしょう。

では、「統合」とは別の「同質化」の現象とはどういうことですか?

一つは情報にかかわる問題です。中国やロシアをはじめとする「専制主義」体制の国では情報が厳しく統制され、言論の自由が制限されていることは周知のとおりです。しかしこれは自由民主主義国でも認められる現象で、わが国でも一時「忖度」という言葉が流行りましたが、言論・報道の自由はだいぶ蝕まれていると言わざるを得ません。ネット社会におけるフェイクニュースの拡散問題も深刻で、それを取り締まるため、当局が情報管理を強めるのを正当化させています。情報管理の面では、「民主主義」体制も「専制主義」体制も似たり寄ったりという方向に進みそうな様相です。
フェイクニュース問題といえば、今年元日付の『毎日新聞』に奇異な印象を受けました。第1面トップに「ヤフコメ 露が改ざん工作」という大見出しを掲げ、ロシア政府の情報操作を匂わせる記事を載せ、第3面にも「日米分断仕掛ける露」と題する長大な関連記事を掲載しているのです。何事が起ったのかと驚いて読みましたが、「針小棒大」「羊頭狗肉」という四字熟語を思い出させる内容で、本来ならコラム程度で十分なものを、なぜこれほど大々的に報じたのだろうと訝しく感じたのです。

どんな内容なのですか?

ロシアの「イノスミ」というネットメディアが、「ヤフーニュース」の読者コメント欄を時々ロシア語に翻訳して載せているらしいのですが、その翻訳が不正確で、日本語原文にない文章が勝手に付け加えられていることを『毎日新聞』記者が確認したというものです。特に在日米軍基地の撤廃を求める文言が書き加えられた例がいくつか紹介されています。しかし、「ヤフコメ」の翻訳に「改ざん」があったにせよ、所詮はロシア人読者向けの気軽な読み物の話ですし、日本や世界にフェイクニュースを発信し、世論を攪乱させようとしたわけではありません。また、出典は「ヤフコメ」ですから、ロシアの記者がわざわざ「改ざん」しなくても、時間さえかければ、いくらでもロシアに「都合のよい」書き込みは見いだせます。日本語のできるロシア人記者が、締切に追われ、お目当ての書き込みが見つけられなかったので、出来心で文章を付け加えたというのが真相ではないでしょうか。まさかロシアのサイトに載せた「ヤフコメ」の翻訳を原文と突き合わせて検証する物好きな日本人がいるとは想像しなかったのでしょう。

しかし『毎日新聞』の記事自体は事実でしょう?

事実ですが、新年早々、これほど大々的に取り上げるべき記事なのかということです。これではまるでロシア政府が日米に対する陰謀を仕掛けたかのような印象を与えます。『毎日新聞』のこの記事自体が情報操作に加担していることになりかねない内容なのです。なぜこの程度のことを大々的なスクープ扱いにしたのか?その背景が知りたいと思います。わたしが『毎日新聞』に期待するのは、自民党によるネット世論操作が疑われる「Dappi」のことをもっと深く掘り下げて報じてくれることです。

「同質化」問題に話を戻してよいですか?

そうですね。「民主主義」体制と「専制主義」体制の経済構造の「同質化」についても触れておきたいと思います。
岸田首相は「年頭所感」のなかで「新しい資本主義」に対する決意を述べています。

そこに次のような文言があります。「国家資本主義とも呼べる経済体制からの強力な挑戦に対抗し、これまで以上の力強い成長を実現させていく。……『新しい資本主義』においては、全てを、市場や競争に任せるのではなく、官と民が、今後の経済社会の変革の全体像を共有しながら、共に役割を果たすことが大切です。」
「国家資本主義」とは中国の経済体制を指します。その「強力な挑戦に対抗」すべく、日本も「官と民」が「変革の全体像を共有」する経済社会体制を築こうというのです。それが「新しい資本主義」の根幹なのでしょう。しかし、官民が連携を強化する経済体制こそ「国家資本主義」なのですから、岸田首相が推し進めようとするのは中国をモデルとする経済体制になってしまうのではないかと危ぶみます。実際、中国の経済発展に対抗するためには、他の資本主義諸国も国家の役割を強めざるを得ないのでしょう。その観点からしても、「民主主義」体制と「専制主義」体制の違いは思いのほか小さいように思われます。むしろ両体制は経済面でも「同質化」が進むのではないかと推測します。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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